第19話 黒紫憧さんと4月の日々⑨

 びびび、吃驚びっくりしたあ!? 思わず湯呑ゆのみを落とすところだったよ! 


 黒紫憧こくしどうさんじゃん。黒紫憧燐花こくしどうりっかさんじゃん、あなた。どうしてこんなところに!? 


 いや、というかぼくか。侵入者は。闖入者ちんにゅうしゃは。珍勇者は。こんな、着物きた黒紫憧こくしどうさんという、天界から落っこちてきた花妖精、みたいな人のいる聖域に突然なぐり込んできたのは。


 なんでだっけ。なにをしたかったんだっけ? 頭をはやく再起動リブートさせるべく真剣な顔つきになる。唇を噛む。まぶたを細める。もはやにらみつける。黒紫憧こくしどうさんの顔を。じぃーっと。じじじぃーっと。


 黒紫憧こくしどうさんはなんだか泣きそうな表情で「その、着物が緩くなったから直そうと思っただけなの。白日はくじつくんに変なものを見せようとか、そんなことは……」とよく分からない弁明を始めた。ええい、なんだ。なんのことだ。知らん、知らんぞそんなこと。さっきのことならもう忘れたことにした! それよりここに来た理由を。はやく!


「あ!」


 思い出した。

 救世導子ぐぜどうこの狂乱を。

 そして部活動紹介の死屍累々ししるいるいを。


 それらを複合させて――――居るかなあ、ぼくのアドバイス?


 だって、黒紫憧こくしどうさん。完璧じゃん。


 見た目の魅力に、声音の柔らかさ。もしこんな人が体育館の壇上でちょっとでも勧誘をしてみなよ。先にどれだけ心ゆらす苦言をされてようとも、帳消しだよ。むしろ無かったことになるよ。そんなダレカレの失敗談。というか自業自得の過去話。


 帳消し――。

 帳消し……。


 と考えて、ひとつ思いついた。いや、別になにもしなくていいんだけど。ぼくがここに来た理由は、たまたまお知り合いになった黒紫憧こくしどうさんに、友情の恩義から失敗しないよう助言したかっただけで、部活動紹介という行事が成功しようがご破算はさんになろうが関係ない。


 でも、ぼくに関係なくても、そこで悲しむ人たちはきっと居るんだ。


 だから面倒くさくても、ぼくが動くことですこしは変わる可能性があるなら、ちょっとは勇気だしてみようと思う。


 内弁慶うちべんけいのぼくは、こうしてたまに外若丸そとわかまるへと変貌を遂げるのだ。だれかに伝わるかな、このたとえ? いや言うつもりないからいいんだけど。


 湯吞ゆのみをテーブルに置き、向かい合って座っている黒紫憧こくしどうさんに伏し目がちにお願いしてみる。


「あ、あのさ。黒紫憧こくしどうさん。じつは――――」


 経緯けいいを語ってみた。ぼくがここに来た理由を。なにが在ったのかを。


 そしてぼくが黒紫憧こくしどうさんにお願いしたいことを。


 それを聞いた黒紫憧こくしどうさんは…………。


「うん。喜んで。やっぱり白日はくじつくんは――――変わらず、白日はくじつくんのままなのね?」


 嬉しそうに、ちょっと悪戯イタズラっぽく、そう告げた。


 そこで初めてぼくは、彼女の内面の魅力からも、頭に熱を帯びた気がする。


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