第13話 黒紫憧さんと4月の日々④

 立ち止まり、黒紫憧こくしどうさんはぼくの左手を両手でつつみこむ。ちょっと! 柔らかい、長い、綺麗な、指がッ! ぼくの掌に!


白日はくじつくん。部活動紹介は、まず体育館を使った全校集会のなかで行われるわね。五時間目に」


 そうなのだ。各部活の代表者が体育館の壇上でアピールをする。そして今日は全学年の授業がそこで終わり、部活に入りたい人はそれぞれ見学なり、体験入部なりへと移るのだ。


 ぼくみたいに部活と縁遠い人間にとって

は、欠伸アクビを噛み殺して眺めるだけの退屈な時間だが……。


「でも入部の資格があるのは、別に新入生だけじゃないわよね?」


 黒紫憧こくしどうさんのアメジストみたいな瞳が、今日一番に輝く。


 入部の資格があるのはだれか? 新入生はもちろんだが、なぜ勿論もちろんかというと、それは彼ら・彼女らが部活に入っていないから。当然だろう。最初から飛ぶ場所を知っている鳥なんていない。彼らはヒナの時代から学びを得て、そして選んでいくのだ。自らの羽ばたく場所を。


 チキンというそも羽ばたく翼を持っていないぼくは、イーグル・ザ・黒紫憧こくしどうさんの言いたいことを薄々うすうす察しつつ、逃れようとして、でも羽毛のやわらかさに離れられない。卑怯だろう。なんで薄いのにやらかいんだ、この指!


「私、華道と弓道と、あと生徒会の代表の一人として壇上に立つの!」


 思ったよりドでっっっけぇ翼だった。


「す、すごいね……?」


「ホントに? ありがとう! それでね、白日はくじつくん。良ければ、もし、よければなんだけどね!」


「う、うん」


 声が住宅街に響く。ヒーリング・ミュージックかと思ったが、どちらかと言えばラジオ体操かな。この声量。ああ新しい朝だ、希望の朝だ。喜びに胸が--。


「もし部活動紹介で気に入ったら、ぜひ私と――――!」


 その先の言葉は、まあ最初に伸びの運動が入るくらい、分かっていた内容だった。


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