第11話 黒紫憧さんと4月の日々②

 そうそう、そもそもぼくが朝一番に自分を疑うことになった原因は彼女だ。すすす。


 羽麗ハレイ高校という生徒数二千人近い世界で、トップランカー――学力・容姿ともに――な彼女が、なんでかぼくの隣で一緒に登校している。その状況にちょっと迷子になり、ヘイヘイポリスメン、あなたはだーれ? をしたのだ。自分に。


 今日は入学式を終えた翌週の月曜日で、学校生活はこれからが本格稼働という日の朝。黒紫憧こくしどうさんはもう決まった習慣のように、ぼくの家の前にいて「おはよう、白日はくじつくん。どう、昨日はよく寝れた?」と挨拶をしてくれた。


 正直、事実だけを並べればホラーだが、相手が黒紫憧こくしどうさんなのでファンタジーになっている。ぼくの日常に黒紫憧こくしどうさんが居るのはどうしようもなくラッキーでしょという、ぼくの立ち位置が相対的に低いと認識させられる、悲しきファンタジーだ。


 そうそう、この状況をファンタジーに変える要素がもう一つ。


 そもそもぼくが黒紫憧こくしどうさんと『一緒に登校する』と約束をしたのがことの発端らしいが……したかなあ、そんなこと。


 そこだけに落ちないでいつつ、黒紫憧こくしどうさんにからの器を返す。「ほらほら。黒紫憧こくしどうさん、紅茶があるから落ち着こう」「ありがとう。白日はくじつくん。私、紅茶が大好きなの!」「それは良かった。まあ黒紫憧こくしどうさんの魔法瓶に――なんだけどね!」


「…………」


「…………」


 黒紫憧こくしどうさんの魔法瓶をもち、ぼくが器に注いであげる。静かな音が鳴った。


 ぼくと違い、ゆっくり紅茶を味わっている黒紫憧こくしどうさんを隣に控えつつ、通学路を進む。


「そのさ、黒紫憧こくしどうさん」


 黒紫憧こくしどうさんがコクンと飲んで、ぼくを振り向く。


「どうして黒紫憧こくしどうさんは……その……」




 --そんな嘘の約束を覚えているの?




「……チョー可愛いの?」


「ぶふっ!?」


 

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