第10話 黒紫憧さんと4月の日々①

 やほやほやっほー。白日はくじつゆうひです。


 なんで内心で自己紹介しているかというと、自分の状況が信じられないから。ほんとにここは地球か、生まれは日本か、ぼくは白日はくじつゆうひか。確かめるため、自分で自分を確認しています。やほやほやっほー、白日はくじつゆうひかな?


「どうしたの白日はくじつくん。なんだかモローの絵みたいな表情をしているけど。もしかして悩みとかある? 私で良ければ聞くけど……」


 この、ぼくを過大に海外の有名画家――かな? の創作物にたとえるのは、本人も女神さまの創作物なんじゃないかとクラスで話題になっている人物。まあ一年生の頃からなんだけど。


 名を、黒紫憧こくしどう燐花りっか。姓にアメジストを思わせるシックな色味を、めい煌々こうこうとした輝きと花の儚さを持つ、天から二物も三物も与えられし現代名画だ。嘘だ、今を生きるお人だ。


 世界ではモナリザが一番きれいと有名だけど、ぼくの通う羽麗ハレイ高校に限れば黒紫憧こくしどうさんこそがそれに当たる。小さな世界の話とあなどることなかれ。かの信長公もジャンヌ・ダルクも元は地方出身なのだから! ……この例だと最後は火あぶりだな。いかんいかん、一端あたまを冷やそう。


「今日はアールグレイなんだけど、もし良かったらどうぞ」


「あ、これはどうも。ズズズ」


 黒紫憧こくしどうさんから魔法瓶の器に注がれた、琥珀こはく色の液体を渡される。ノリで躊躇ためらいなく飲んだ。


 か、香りがいい……。食べ物なんて味が濃ければ濃いほどいい。甘いとか最高。コーラ、コーラが血液じゃ! のぼくが、うっかり陶酔とうすいしかけるとは。なんという魔力、味はすっぱいのに美味しいという、すっぱ美味しい、だ! うん。語彙力くさっているな、ぼく。ずずず。


「ふふ」


「あ、ごふっ。ご、ごめん、なんか変だった?」


「ううん。お蕎麦をすするみたいに飲むんだなーと思って。ちょっと新鮮でね」


 すすす。


 味は感じない。香りもあえて意識から外す。ぼくは植物だ。木の根だ。そそがれた水分を淡々と吸収する、それだけの生き物。音を響かすなんてもっての他よね。すすす。


 黒紫憧こくしどうさんは隣で、急にぼくが無音になったからだろう、慌て出した。


「ご、ごめんね。白日はくじつくん。ちがうの! 変とかそういう意味じゃなく、可愛いとかそういう。あ、でも男の子に可愛いって!?」とヒーリング・ミュージックを奏で始める。静かな住宅街に似合う、とても透き通った声質だ。FMかな。


 

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