第9話 黒紫憧さんとの通学路

「つまり、一組になったというわけだね、ワトソンくん?」


「つまり、一組になったということです、ホームズさん」


 その日の夜、寝る前に自室で格闘ゲームをしていると猫柄のパジャマを着たよるねが乱入してきた。自信満々に名探偵ホームズぶるので、有頂天になったところをハメ技で締めようと思う。


「おにーちゃんは今後もその黒紫憧こくしどうさん、と仲良くするの?」


「いやあ。それはないんじゃないかな?」


 弱パンチを兄げなく連打、連打。


「今日、黒紫憧こくしどうさんが一緒に居てくれたのは、なんだか覚えのない約束を交わしたからみたいだし。それを果たした今、接点はないも同然でしょ?」


 同じクラスになった以上、多少の交流はあるだろうけど。それでも今日のようなケースはまれ……というか、もう二度とありはしない。


 そもそもぼくと黒紫憧こくしどうさんは別次元の立ち位置なんだから。


 しかしよるねは、ふっふっふっ、と夜に聞くにはあまりに不気味なひきつり笑いをしてきた。コントローラーを握る手がブレる!


「どうかなー、未来に何があるかは誰にもわからないし。おにいちゃんが想像していないムフフやウフフがあるかもねー?」


「お前が一瞬先にボコされる未来は決まっているけどな!」


「おにいちゃん。わたしのおやつ、勝手に食べてたの……?」


 回想のなかでうっかり漏らした事実を指摘される。


 指の動きがとまった。その隙に逆にハメ技を仕掛けられ、気づけばぼくのキャラのHPはゼロになっていた。


『You(おまえ)・Lose(まけたから)!』


 無意味にコントローラーをカチャカチャする。ぼくが……まけた? あにが……いもうとに……? ばかな……なぜ……。


 よるねは敷いていたクッションから立ち上がると、尻尾の柄がプリントされたお尻をパンパンと叩く。


「でもまあ良かったよ。二年生はおにいちゃんも楽しめそうで?」


「……なあ、もういちど勝負しないか、よるねよ?」


「よるねは良い子なので、よる寝ます!」


 妹はご機嫌に自室へと戻る。


 ぼくはそのまま半身を倒して、ベッドにもたれた。


 ぼんやりと天井を眺めながら、なんだか濃い一日だったなぁと思う。


 一年の時はとてもインスタントで味気ない日々だったけど、その揺り返しか、今日は心がせわしかった。


「まあ、たまになら良いけど」

 

 いつもだったら困るけど。別にほんとうに望んではいないんだけど。本当だよ!? ……でもまあ年に一回くらいなら、こうしてカロリー使うのも悪くないかもしれない。


 なんだか部活をエンジョイする青春野郎みたいで、ぼくらしくないけれど。今日はそれだけ特別な日だったということだろう。


 今日が特別な日なんだから。 


 明日からは通常運転。


 うとうと、と眠気に誘われながら、感謝とお別れの意味を込めて「ありが、とう……黒紫憧こくしどう……さん」とひとりちる。名残惜しい気がしないでもないけど、でも日付が変わったらさくっと気持ちを切り替えねば。


 それじゃあ、さようなら。特別な日!





 翌日。


「あ、おはよう白日はくじつくん。どう、昨日はよく寝れた?」


 玄関を開けて敷地から出ると、そこには当たり前のように黒紫憧こくしどうさんが立っていた。


「…………」


 もしかして毎日つづける気なの!?

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