第8話 クラス④

 経緯を話すと救世ぐぜ先生は一転して、生徒指導室に備えつけの棚に向かい、そこから缶を持ってきた。


 缶の中身は――新二年生の名前がリスト化されただろう数枚の紙に、八本の割り箸だ。割り箸には『一組』~『八組』までが書かれている。リストの名前欄には手書きで組が追加されており、まるで箸を引いて割りふったみたいだ。


「あれぇ、ソンなわけないんだけどなぁ?」


 先生が困った顔で紙と箸を見つめる。


「…………」


 クラス分けって、くじで決めてんの!?


 ぼくが唖然あぜんとしていると、救世ぐぜ先生はぺろっと舌を出した。


「平等じゃん?」


「もっと考えなよ! 生徒同士の相性とか、なんか色々あるでしょ!」


「あのなぁ? 学校っていうのは集団行動を学ぶことが目的なんだ。これからお前たちは社会に投獄されて好き嫌い関係なくメンドクセー奴らと殴りあっていく。だったら、ここでそれを体感しなくてどーするんだって話なんですか、ネ?」


「疑問形じゃん! テキトー、先生やっぱ肝心なところで適当すぎだよ!」


 ぼくの忠言を無視して、救世ぐぜ先生はしばらく名前の載ったリストと睨めっこした。そしてポンと拳を叩いたかと思うと、もう一度棚に向かい、そこから『白日ゆうひ』の名前だけ寂しく載った一枚の紙を持ってくる。


 てへへ、てへへ、と自分の頭をコツコツ叩いているが、ぜんぜん愛らしくないぞ?


「ヤっちゃったね!」


「ちなみに、なんでぼくのだけ別保管されてたんですかね?」


「コレはね。ちょっと面倒そうな子だけやっぱ考えないと他の子に可哀そうかなーって、ある日ワタシのなかの天使がささやいたんだ」


「その天使さんはどうしたんですか?」


「飽きて天界に帰った」


 いや、やっぱり怒っていいかな、これ?


 ぼくが怒りを再燃させていると、さすがに不味いと思ったのか、救世ぐぜ先生はカントリーダディのお菓子と共に忍び寄る。賄賂わいろを渡し、小声でこうささやいた。


「と、特別措置を取ろうか。もしこのことを黙っていてくれたら、オマエを好きなクラスにねじ込んでやろう」


「っ!?」


「他にいないぜ? 自分で自分のクラスを決められる奴なんて。ヤッタネ!」


 理由(ワケ)なく被害こうむったのだから、プラマイゼロな気がしないでもない。


 まあでも、やっふぅ! こいつは素晴らしい。自分でクラスを選べるなら、苦手な人がいるクラスを避けられるということ。親しい友達とかいないし、そっちの基準はどうでもいいかな!


 どこにしよっかなー。

 どこにしよっかなー。


「ちなみにワタシは一組の担任でもあるゾ?」


「あ、じゃあ一組は避ける方向で」


 ぼくが露骨に一組の割り箸を折ると、救世先生は悲鳴を上げた。そりゃそうだよ。誰がすき好んでこんな面倒な担任がいるクラスを。


「――あの!」


 そこで、この場に似つかわないハーモニカみたいな声が響く。なんだぁと思って救世ぐぜ先生と振り向くと……こ、黒紫憧こくしどうさんが、先刻さっきのぼくみたいにパーテーションの陰からのぞき込んでいる!?


 な、なぜ! 黒紫憧こくしどうさんがここに!? まさか後を尾けられていたのか!?


『クラスを意図的に決める』という学校法を揺るがす犯罪を見つけられたぼくら二人は、お縄を幻視する。黒紫憧・ザ・婦警さんは真剣な顔つきで近寄ってきた。


「ごめんなさい、先生。私、そこですこし話を聞いていて。あの、ちょっとした手違いで白日はくじつくんはクラスが決まっていないんですよね?」


「そ、ソウだよ?」


「なら一組はいかがでしょう! 私も居ますし、なにかあった時、力になれます!」


「いや、嫌なんだって」


「え、なんで!?」


「サァ?」


 センセーッ、救世ぐぜセンセーッ! その言い分だとぼくが一組に苦手な人がいるから避けているみたいでしょ! イヤ居るんだよ、あなただよ!! さすがに口に出すのははばかられるけどッ!!


 黒紫憧こくしどうさんは次第に瞳を潤ませて、じぃっと、じぃっと、こっちを見つめてくる。やばい、なんでか分からないけど悪いことした気分になってくる。ぼく自身はなにもおかしなことしてないのに!



 一組には苦手な人が居る。というか今できた。


 そして同時にちょっとだけ親しい人もいる。というか今日なった。



 これは単純な足し算引き算の問題だ。 


 避けたい人と、近しい人。いや、避けたいと人と、近しくなりたいと思える人。


 その二つを天秤に乗せた時、どちらに傾くかと言われれば、それは――


 ボクの答えは――。

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