第4話 新学年初日の通学路④

「ふぅ、ふぅ」

「…………」


 クラス表の貼られる掲示板前に辿りつくと、黒紫憧こくしどうさんの緊張はピークに達していた。なんか既視感あるなぁと思ったら、あれだ。ジェットコースターの苦手なぼくが、かつて友人の悪ノリによって絶頂まで達したときの、あの時の状態にデジャヴュなんだ。コーヒーカップで仕返しした。共倒れだった。


 放っておくとこっちにまで緊張が伝染するので、助け船をだすことにする。「落ち着いて黒紫憧こくしどうさん」「ご、ごめんね。白日はくじつくん。みっともないところを見せて」「大丈夫。深呼吸。それから紅茶でも飲まない?」黒紫憧こくしどうさんは紅茶が好きだ。それはとても有名なお話。


「え、ほんとうに? 私、紅茶が大好きなの!」「うん良かった。丁度あるんだ。黒紫憧こくしどうさんの――カバンにね!」黒紫憧こくしどうさんは普段から魔法瓶に紅茶を入れて持参してくることでも有名だ。なんでも有名だな…。そして黒紫憧こくしどうさんに憧れた人が次々と真似して、いっとき学校中がハーブの香りでキマッたんじゃないかと噂された。


 ぼくのウィットな冗談(ジョーク)を聞いた黒紫憧さんの反応は……!


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 死にたい。

 帰りたい。


 けれど新学年初日に、自分のクラスも把握せずに帰る訳にもいかないので、黒紫憧こくしどうさんを置いて掲示板に向かう。落ち着きを取りもどした黒紫憧こくしどうさんは慌てた足音で後ろに駆け寄ってきた。「あ。黒紫憧こくしどうさんは一組だね?」「え、あ、ひぁっ!」乙女にあるまじき奇声。やれやれなんて日だい。一緒に登校できただけでなく、ひょんな一面も見れるなんて。眼福がんぷく眼福がんぷく。……ひょっとしてキモいか、ぼく?


 そうして一仕事終えて、ぼくは自分自身のクラスも探す。とくに希望はなかったんだけど、なんだかソワソワする。いや全然期待してないけど。まったくもって考えてないけど。その、もしかしたら――。


 ぼくの名前は……一組にはなかった。


 まあそんなものだよな。バランスが取れてる。今日はなんでか黒紫憧こくしどうさんと一時を過ごせたのだ。他の生徒に知られたらはりつけものだろう。それを、この先も、なんて身の程知らずだ。だからこれでいい。アー、ユー、オケイ?


 気にしていない風を装って、黒紫憧こくしどうさんに振り返る。


「とりあえずぼくは一組じゃないみたいだね。それじゃ黒紫憧こくしどうさん。今日はどうもありが――」


 黒紫憧こくしどうさんは……。

 彼女は……。


「――――っ!」


 下唇を噛んでいた。じっと掲示板を眺めて、見つめればまるで現実が改変するかのように、紫の瞳を深くしている。



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