第3話 新学年初日の通学路③

 段々と人気ひとけが多くなるにつれ、黒紫憧こくしどうさんと二人で歩いていることが気恥ずかしくなってきたぼくは校門前で「それじゃあこれで!」と別れの挨拶をする。黒紫憧こくしどうさんはまたも目を丸くし、そして隣を歩いてくる。コミュニケーションってむずかしい……。


 まあどのみち今日から新しい学年ということで、みんなの行き先は決まっている。二階の掲示板に貼られているだろう新クラス表の前だ。映画的に言うならシン・クラス表。ふふっ。ぼくと黒紫憧こくしどうさんは学年が同じだから、そこまでは目的を共にしている。だからおかしくないはず。はたから見てこの光景はっっ!


 そうして階段の踊り場まであがると、黒紫憧こくしどうさんがちょっと動作停止した。ゼンマイが切れかけの人形みたいに動きが鈍くなり、ついには胸に手を当てて歩みがとまる。屈んだ体勢のため、スレンダーな肉体にはちょっと不釣り合いな豊満な胸が……視界の端で……ひそかに自分の手の甲をつねる。


 あらためて観察すると、黒紫憧こくしどうさんは、肩までかかる黒髪で、毛先がウェーブがかっている。目鼻立ちは整い、百七十を超える身長にスレンダーな体型。紫に近い瞳の色が特徴的で、気品とか高貴とか、そういう言葉の似あう御仁ごじんだ。


「だいじょうぶ。黒紫憧こくしどうさん?」


「ええ。ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃって」


「緊張? どうして?」


「だってこの先の掲示板をみたら、これから一年間いっしょになる人が載っているのよ? うまくできるかな、とか、あの人がいたらなーとか、色々考えない?」


「ほへー」


「は、白日はくじつくんは、そういうのないの?」


「ないですね」


「そ、即答っ……!」


 驚かれても。だってそういうのは、希望を胸にした陽キャの言い分。いや、陰キャでも友達や人付き合いはあるだろうから、たんにぼくがひねくれているだけか。 


 ぼくには友達がいるんだかいないんだか、よく分からんので。期待してもあまり意味ないから期待はしないことにしているんです。ヘイヘイホー。


 ぼくが、えくぼを深くする引きつった笑いで、だれにも分からぬよう自分を冷笑していると、黒紫憧こくしどうさんが息をのむ。そして距離を詰めてきた。


「私にはね、ひとり居るの。一年生のときはあまり仲良くなれなかったけど、でも次の一年間では一緒に居られたらなぁって人。きっとこの人と一緒だったら、昨日までのあたり前の光景も、楽しさにいろどられるんだろうなぁって人が。ね」


 黒紫憧こくしどうさんは交友関係が広い。銀河を超えて隣宇宙にまで及ぶと言われるほど。まあ学校内だけじゃなく、なぜか市長や有名企業のお偉いさんと顔見知りだったりするから、そんな噂が流れているんだけど。

 

 それだけ交友範囲が広ければ、ひとりくらいはロックオンされる果報者かほうものもいるということだろう。うらやましい話だ。できるなら、ご相伴にあずかりたいね。いや、やっぱ分不相応だからいいかも。


「……そっか。一緒になれたらいいね、その人と。力にはなれないだろうけど、応援してるよ」


「うん。ありがとう。――期待しているの。すごく」


 黒紫憧こくしどうさんは祈るシスターみたいに、やわらかな笑顔でそう返した。心なしかぼくを見つめているみたいに。ひそかに、ギュギュギュっと手の甲をつねって自分をいさめる。勘違いするな、白日はくじつゆうひ。宝石が子猿をみて『はめてほしいの!』なんて言うと思うか。ぼくは思わない。ああ、とてもとても思わない。


 だからこうして一日の始まりに、一緒に登校できたのはうれしいことだ。それだけで一年の運を使い切ってしまうほどに。だから黒紫憧こくしどうさんに思われてる誰かさんを羨望せんぼうしつつ、ぼく個人も満更でもない気分にちょっとだけひたる。


 なんとくなく、これから良いことが起こるんじゃないかという期待を抱けた。


 そして結果論になるが、これから数分後、あまりにもキテレツな出来事がぼくへと襲いかかる――っ!

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