洸龍歴678年/狂焔(中編)


 ※悩んだ結果、物語の区切り部分を変更し、追記を行いました。大筋は変わっておりませんが、再度似た内容を読ませてしまい申し訳ございません。(作者)


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 ――ヒューイは、燃え盛るガゼット工務店を見て、呆然と立ち尽くした。


 明朝、ヒューイの実家であるガゼット工務店に火が放たれたのだ。

 命に別状はないものの、ヒューイの母がしばらく入院が必要なほどの火傷を負った。


 犯人は見つからず、警邏隊も何故か調査をしたがらない。

 火がついた場所には火事の原因となるようなものは何もおいておらず、撒かれた油の跡があった。

 ガゼット工務店側の失火ではなく、人為的な放火だということはわかっていた。


「放火は重罪だ! きちんと調べてもらえば、犯人がわかるはずだろう!」

 

 そう、ヒューイの父とヒューイは抗議した。しかし何度訴えても相手にしては貰えず、どこからの補償も補填もなく泣き寝入りする結果となった。


 *

 

 半焼したガゼット工務店は、業務を停止せざるを得ず、ヒューイもその片付けや母の介助に駆り出された。


「…………一体、誰がこんなことを……」


 ヒューイは、工務店の焼け跡を見ながら唇を噛む。ヒューイの父も、残骸となった工務店を見て項垂れている。


 時間帯が明朝だったため、作業員はおらず、亡くなった人間はいない。

 しかし、作業所が焼けてしまったため、受けていた仕事もこなせなくなり、ガゼット工務店は多額の負債を負った。

 それでもなお、ヒューイの父は一生懸命焦げた焼け跡を片付けている。それしか出来ることがないからだ。ヒューイも、それを手伝う為に、燃えて炭化した木材だったものを運び出した。


 *


 突如困窮し、明日をも知れぬ身となってしまった。そんなガゼット工務店の人々の前に、貴族の飛龍車が止まった。


 ヒューイは、その飛龍車に刻まれた家紋に見覚えがあった。大切な級友、ギネヴィアが持っているハンカチに刺繍されていたものと同じ。


「――エルドリッジ家?」


 ヒューイは、一瞬、ギネヴィア・エルドリッジが助けに来てくれたのかと思った。

 しかし彼女は普段飛龍車には乗らない。何か用があるのなら、歩いて会いに来るだろう。


 そんなことを考えているヒューイの前に、飛龍車の扉が開かれる。金髪に紫の瞳を持つ壮年の男が、黒い喪服のような正装に身を包んで飛龍車から降りた。


 彼の眼差しは鷹のように鋭く、まるでその視線が相手を射殺すかのようだ。


「困っているようだな」 


 エルドリッジ伯爵は、困窮したガゼット工務店に、多額の融資を申し出てきた。

 まるで火事が起こることを知っていたかのように、様々な書類や契約の手筈が整っている。


「……」


 ヒューイは、不可解な予感に身を震わせた。エルドリッジ伯爵の申し出る融資には、不穏な何かが隠されているように感じられた。


「この融資、受けるべきじゃない……」


 震える声で、ヒューイは父に告げる。

 ヒューイが持つ生き物としての直感や生存本能が、エルドリッジ伯爵に頭を垂れてはならないと叫んでいる。


 しかし、ガゼット工務店には他に頼れる者がおらず、結局は融資を受けざるを得なかった。

 

 ──これが、ギネヴィアの実父、エルドリッジ伯爵との初対面であり、長く続く因縁の始まりであった。

  

 *


 エルドリッジ伯爵は、ヒューイの実家であるガゼット工務店に多額の融資をした。


 その御蔭で、『』に遭ったガゼット工務店は経営を立て直す目処が立った。

 しかし、ヒューイにはわかっていた。

 エルドリッジ伯爵が、何の見返りもなく慈善事業で融資を行ったわけではないということを。


 ヒューイに関わりがあることで、エルドリッジ伯爵が興味を持ちそうなことといえば一つしか思い当たらなかった。飛龍に言語を教える研究のことだ。


 『飛龍は言語を理解しない。物事を長期間記憶することもない』という前提で作られた社会の根幹を揺るがすような成果と実験。


 現在は、ヒューイの実家であるガゼット工務店の経営者である父と、エルドリッジ伯爵の話し合いの場である。その場に、ヒューイも参加していた。


 エルドリッジ伯爵は、重々しい口を開く。

 

「ガゼット工務店の再建において、私の融資が果たした役割は大きい。しかし、その見返りとして、私はある条件を提示する。それは、ヒューイ・ガゼットに関することだ」


 捕食者のような冷たい眼差しを浴びたヒューイは、咄嗟に身をこわばらせた。


 ヒューイは知っている。ヒューイの母が入院している病院には、まるで死神のような黒衣の男達が出入りしていることを。その黒衣の男達は、エルドリッジ家お抱えの護衛集団、黒鴉くろがらす


 護衛としてヒューイの母の身辺を守っているという話であったが、彼等の身のこなしは、明らかに人を害することに手慣れた集団であった。


 エルドリッジ伯爵は、言外に、従わなければヒューイの母に危害を加えると伝えていた。


「――ヒューイ・ガゼット。お前が行っている研究に、エルドリッジ伯爵家の名の元に支援を行う。資金も人手も、必要な物は何でも言うがいい」


 一見、甘い響きを伴っていながら、有無を言わせない貴族の命令。


 ヒューイにとって、エルドリッジ伯爵の言葉は、まるで恐ろしい悪魔の囁きに聞こえた。


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