第三章『飛龍という生き物』

洸龍歴678年/狂焔(前編)

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 ヒューイの師匠である獣医師グランは、彼の個人所有している飛龍や、龍紋病の特効薬の治験目的で沢山の飛龍を集めていた。

 その中から、年齢や性別ができるだけ分散した個体をヒューイへと貸与してくれた。

 

 生育過程や年齢の異なる十頭の飛龍たち。

 彼らに全て同じ内容の言語教育を行い、経過を記録し比較していくという研究が始まった。


 ヒューイが獣医師グランから預かった飛龍の一覧は、以下の通りであった。

 

 一頭目:卵から孵したばかりの飛龍。雌。

 二頭目:生後約半年の飛龍。雄。労働経験なし。

 三頭目:生後約一年の飛龍。雌。労働経験なし。

 四頭目:生後約二年の飛龍。雄。飛龍車牽きの経験あり。

 五頭目:生後約三年の飛龍。雌。飛龍士の元にいた。故障経験あり。


 六頭目:生後約四年の飛龍。雄。農業従事。

 七頭目:生後約五年の飛龍。雄。荷運び従事。

 八頭目:生後約六年の飛龍。雌。飛龍車牽き。都心にいた。

 九頭目:生後約七年の飛龍。雌。隣国にいた。

 十頭目:生後約八年の飛龍。雄。飛龍牧場にいた。



 まだ学生であるヒューイ一人では、十頭の飛龍の世話をこなすことは出来ない。そのため、通常の飼育に関しては、獣医師グランやグランの助手たちが手伝ってくれる。

 

 最も重要な言語教育に関しては、成龍ビショップに言語を教え込んだ実績を持つヒューイが担当することになった。


 *

 

 獣医師グランや助手が助けてくれているとはいえ、彼らに頼りきりではならないと彼は思っていた。ヒューイは、学校が終わる度に獣医師グランの厩舎に向かい、飼葉の補充や水の補充なども率先して行った。

 

 言語の教育課程は、成龍ビショップに言語を教えた際に取った方法をそのまま流用した。

 飼葉、水、鱗用ブラシなど、飛龍にとって必要不可欠な物を意味する言葉から教えていき、文字の描かれたカードを見せつつ、それらを与える。


 十頭もの飛龍に同じ教育を実施し、反応や応答の記録を取る。単純に考えて、成龍ビショップの時の十倍以上の作業量となり、決して楽な作業ではない。


 それでもヒューイは根気強く一頭一頭に丁寧に教えていき、彼らの反応を細かく記録した。



 *

 

 言語教育を施された飛龍達の反応は、様々だった。

  

 一頭目……単語が書かれたカードを食べ物と勘違いして齧るものの、やがてカードが食べ物ではないと理解して、適切な応答ができるようになった。


 二頭目……同じ言葉を繰り返すヒューイをうざったく感じたのか顔を背けて聞いてないふりをする。理解力は高く、苦手な食べ物の名前を出すと機嫌が悪くなる。


 三頭目……食欲旺盛で、『飼葉』という言葉を言う度に駆け寄ってくる。どこか成龍ビショップに似ている。血縁関係があるのかもしれない。

 

 四頭目……飛龍車を牽く仕事をしてきた為、『飛龍車』という言葉に反応して翼を広げる。空を飛ぶことが好き。


 五頭目……かつて飛龍士の元におり、故障経験のある飛龍は、『飛龍鞍』という言葉を聞くと嫌がって逃げ出そうとした。空を飛ぶことに苦手意識と嫌悪感があるようだ。


 六頭目……農業(開墾)に従事していた飛龍は、『小麦』という言葉を聞くと、きょろきょろと周囲を見渡す。経歴を調べてみると、小麦農家の元にいたことがわかった。


 七頭目……荷運びをしていた経歴のある飛龍は、運動が好きなようだ。『フリスビー』という言葉に強い反応を示す。


 八頭目……都心で飛龍車牽きをしていた飛龍は、都心の地名のいくつかに反応を示した。前所有者に話を聞いたところ、該当地域でよく飛龍車を牽いていたという。

 

 九頭目……隣国との国境で飼育されていた経歴のある飛龍は、『鱗用ブラシ』で鱗を磨いてもらうのを何よりも喜んだ。隣国では、『鱗用ブラシ』は一般的ではないらしい。 


 十頭目……飛龍牧場で長年飼育されていた一番年長の飛龍は、『水』浴びを好み、放っておくと水場に飛び込む。近くにいたヒューイは全身ずぶ濡れになって風邪を引きかけた。

 

 ヒューイは、言語教育を飛龍達に施すと同時に、個性溢れる飛龍たちとの交流に活力を貰っていた。


 *


 ──そうして、半年が経過する。

 

 ヒューイの書いている『言語教育経過レポート』は分厚いものとなり、それぞれの傾向や性格、趣向が分析できるようになってきた。


 若ければ若いほど、飛龍の物覚えは良い。

 そして飛龍達は、それぞれの生育歴によって、様々な知識を持っていることがわかった。

 

 特に、九頭目の、言語が異なる隣国で飼育されていた飛龍が、『隣国固有の単語や地名をある程度理解していた』ことは、驚くべき成果として挙げられた。


 人間の生活と密接な関係を持つ飛龍は、人間の言葉を聴きながら生きている。

 完全に隔絶した環境で育った飛龍でもない限り、多かれ少なかれ、人間の言語を理解する素地がある可能性が高かった。


 


 喉の構造上、人間と同じ言語を『話す』ことが出来なかったから、今まで誰にも立証されなかっただけで。

 人間と共に育った飛龍は、ある程度、人間の言語を理解し、様々なことを記憶している。


 かつて飼い主だった者のすらも。


 ヒューイは、研究の過程で、意図せず、飛龍の元の飼い主の情報を知ってしまっていた。家族構成、仕事の内容、彼らが普段だべっていたくだらない冗談まで。


 そして、九頭目の飛龍からは、隣国の機密情報に当たる、国境警備の巡回の時間帯まで知ることが出来てしまった。最新の情報ではなかったとしても、使いようによっては様々な陣営に影響を与えることが可能である。


 ヒューイが思っていた通り、飛龍は賢かった。

 そして、ヒューイが考えていたよりも遥かに記憶力が優れていた。


 彼らがカードを介して意思疎通を行う『言語』を手に入れてしまった今、飛龍たちは、生ける情報媒体と化してしまった。


『いいですか。常に、最悪の結果が生まれることを想定して、そうならない為に最善を尽くすのです。研究自体は悪ではございませんが、ただ軽率に踏み出しただけでは、結果的に周りを傷つけてしまいますわ』


 ヒューイは、級友ギネヴィアの言葉を思い出して顔を覆った。

 踏み出してしまった先には、奈落が待っているのかもしれないとようやく気づいた彼は、飛龍達の先に待つ暗澹たる未来を想像して顔を青ざめさせた。


 *

 

 ギネヴィアは、ド=イグラシア飛龍士養成学校に通う生徒の義務である厩舎掃除をしながら、ヒューイを心配そうに見た。彼は、明らかに疲労困憊して、フラフラしながら掃除をしている。


「……研究の為に頑張るのは素晴らしいことですが、ここのところ少し無茶しすぎではありませんの?」とギネヴィアは尋ねる。 

 彼は顔に疲労を滲ませつつも、何とか笑顔を浮かべた。


「うん。少し疲れてる。でも、大丈夫だよ。龍紋病研究の時と違って、時間制限もないし……」


 かつて、龍紋病に罹った白ぶち龍ポーンの為に奔走した一週間は、とても大変なものだった。


 しかし、振り返ってみれば、ド=イグラシア飛龍士養成学校の教師や他の生徒と共に純粋に努力できたいい時間だったとヒューイは思う。


 ふうとため息をついたギネヴィアは、掃除用のモップをテキパキ動かしながら彼に語りかける。


「……ヒューイさん、あなた、生き急ぎすぎな気がしますわ。わたくし達、まだ学生ですのよ。遊んだり、楽しんだり、休んだり、ちょっとくらい怠けたって、罰は当たりませんわよ」

 

 そう言いつつ、ギネヴィアは、飼葉桶に飼葉を補充し、水も清潔なものに入れ替えて、飛龍のために清潔な環境を整えることに努めていた。そんな彼女の姿を見て、ヒューイは苦笑する。


「……一番頑張ってるギネヴィアさんが言うと、あんまり説得力ない言葉だなあ、それ」

「あら。わたくし、これでも伯爵令嬢ですもの。高貴なる者の責務という言葉をご存知? わたくし、当然のことをしているだけですわ」


 ギネヴィアは話をしながらも、全く掃除の手をゆるめない。飛龍の厩舎の掃除を嫌がっていた少女とは思えないくらい、彼女は逞しくなっていた。そんな彼女を見て、ヒューイは眩しく感じて目を細める。


「……でもね、少し生き急ぐくらいじゃないと、この国の常識なんて、変えられないと思うんだ。僕は……僕が生きている間にできることを全部するつもりだから」


 ギネヴィアは、モップを片手にヒューイを見つめ返し、慈母のように微笑んだ。


「あなたなら、本当にできる気がしますわ。『寿』……なんて、夢物語にしか思えませんでしたけれど。今は、わたくし、本心から応援していますわ」


 彼が幼い頃抱いた途方もない夢は、どう叶えればいいのか検討もつかないほど大きく、そして困難な夢。

 十六歳になった彼はもう、何も知らぬ幼い子供では無い。

 同時に、まだ、諦めを知る大人でもなかった。


「……うん。ありがとう。飛龍の為に、いい社会にしたいよ」


 ヒューイは立ち上がり、ギネヴィアと共に厩舎の掃除をした。他愛のない会話をしながら、二人で過ごす時間は、とても楽しく心和むものだった。


  

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