洸龍歴677年/飛龍研究のススメ


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 成龍ビショップは、食欲旺盛な瞳でヒューイを見つめながら、フスフスと鼻を鳴らす。舌を器用に使って、手元のカードを並び替える様子はまるで魔術師マジシャンのようだった。


 そして、彼が並べたカードには『ビショップ』『は』『フンゲン菜』『食べたい』『です』という言葉が書かれていた。


 ヒューイはビショップに向かって微笑みつつ、困ったように眉を下げる。

「ビショップ、教えてくれてありがとう。でも、もう沢山食べたでしょ。太っちゃうからダメだよ。今日の分はおしまい。ダメ。……食べさせてあげたいけどね、ごめんね。明日になったらあげるからね」


 しかし、ビショップは諦めず、『け』『ち』とカードを並べて抗議した。


「ケチじゃないよ。君の健康を考えた上でだよ。……元気に長生きして欲しいんだ。ね、いい子だから」


 ヒューイは成龍ビショップの顔を軽くブラシで撫でてやった。成龍は、渋々と言った表情で、『わかった』というカードをくわえた。


 ヒューイは成龍ビショップとの意思疎通が可能になったことに、純粋な喜びを感じていた。


 しかし、一方でギネヴィアはあまりにも賢い成龍ビショップの様子に少し不気味さを覚えるようになっていた。例えるならば、食用の牛が言語を喋り始めたような不気味さ。


 成龍ビショップだけが異様に賢いだけならば、然程問題は無い。しかし、そうではなく、飛龍全てが同程度の知能を有するならば、社会は大きく変わってくるだろう。飛龍という知的生命体が持つ可能性と、それがもたらす影響について、ギネヴィアは深く考え込んでいた。


 例えば、人間の言語を解する飛龍を用いて諜報行為を行うことも可能になるかもしれない。飛龍が人間社会に根付いている現状では、その可能性は無視できないものだった。


 飛龍が賢くないからこそ成り立っていたこの社会の仕組みに、ヒューイの研究は真っ向から対立しているに等しかった。


 一方で、ヒューイはそんなことは関係なく、単に飛龍の能力を証明したかっただけなのかもしれない。彼の純粋な好奇心と探求心は、飛龍という知的生命体に対する研究を推進していた。


(例え、社会を全て敵に回すことになっても……)

 

 地獄の釜の蓋を開けることになっても、それでも、ギネヴィアはとっくに、ヒューイと共に歩む覚悟を決めていた。

 彼女は未知の領域への探求と、その先に待ち受ける困難に立ち向かう覚悟を既に持っていたのだった。


 *


「素晴らしい……」

 獣医師グランは、成龍ビショップの言語能力を目の当たりにして驚きを隠せなかった。

「これは画期的な研究だよ、ヒューイ」と片眼鏡の中の瞳を細めて獣医師グランは告げる。

「そうでしょう、ビショップは凄いんです。天才なんですよ」と、育ての親バカ全開でヒューイは嬉しそうに返事をした。

 グランは考え込んだ表情で言葉を続ける。

「少なくとも、ここに、人間の言語を理解して応答可能な個体がいる。その事実は大きなものだ。……研究を深めるのならば、もっと多くの事例を調べる必要がある。同じく卵から孵して育てる必要があるのか、それとも、ある程度成長した飛龍でも同じことができるようになるのか……」

 獣医師グランは、眉間に皺を寄せてブツブツと考え込んでいる。彼の目には、未知の可能性に対する興味と、新たな研究の方向性を模索する決意が宿っていた。


 ヒューイは笑顔を浮かべて、「そうですね。色んな飛龍にどんどん言葉を教えていこうと思います」と楽しそうに言った。

 しかし、そんな呑気なヒューイに対し、ギネヴィアは窘めた。

「ヒューイさん、あなた、少し軽率ではなくて? 飛龍が人間の言語を理解できるようになることで、社会にどんな影響が出るか考えておりますの?」とギネヴィアは問いかける。

「……考えてなかった。飛龍と対話できるようになったら、飛龍の立場が良くなるかもとは思ってたけど……」

 ヒューイは虚をつかれた表情をしつつ素直に答えた。

 ギネヴィアは咳払いをして、注意深く言葉を続ける。

「いいですか。常に、最悪の結果が生まれることを想定して、そうならない為に最善を尽くすのです。研究自体は悪ではございませんが、ただ軽率に踏み出しただけでは、結果的に周りを傷つけてしまいますわ」

 ヒューイは、ギネヴィアの言葉に耳を傾け、自分の行動が及ぼす影響について真剣に考え始めた。


 ──ヒューイは、幼い頃見た斑の飛龍のことを思い出した。

 幼い頃、サーカスで出会った斑模様の鱗を持つ飛龍。もし、ヒューイがきちんとした対処法やサーカスの大人達を説得する術を用意してから近づいていたら、彼は暴れ出さずに済んだかもしれない。


 しかしそうはならず、斑の飛龍は暴れ狂い、黒龍キングの足を折ってしまい、ヒューイの親友は安楽死させられた。

 結果的に、ヒューイの浅慮は、取り返しのつかない結果を招いたのだ。


 ヒューイの立ち回りが悪ければ、成龍ビショップも、研究ごと闇に葬られる可能性もあるかもしれない。

 彼は、自分の行動が周囲にどのような影響を及ぼすかを深く考える必要があると感じて、頷いた。

「うん……。そうだね、ありがとう、ギネヴィアさん」


 眉根を寄せて考え込む弟子ヒューイの姿を見かねた獣医師グランが、助け舟を出してくれた。

「成龍ビショップという成功例がある以上、研究は続けるべきだと思う。だが今後の研究は、私の管理下にある飛龍で行うというのはどうだろう。何かあれば私の名前で、ある程度庇護はできるはずだ」と獣医師グランは言った。


 ヒューイは感謝の意を込めて笑顔を浮かべ、「ありがとうございます!」と言う。彼は師の元で様々な研究に着手することとなった。


 そうして、獣医師グランの支援の元、ヒューイは条件や生育歴の異なる十頭の飛龍を個別に育て、言語学習の経過を見ることになった。

 

 この新たな研究は、未知の領域への一歩となるかもしれないと、ヒューイは胸を躍らせながら取り組んでいった。



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