洸龍歴677年/初めての喧嘩

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 ギネヴィアは思案しながら学校の廊下を歩いていた。


(わたくし、どうしたらいいんですの……?)


 最近、ヒューイとの関係が少し変わってしまっていて、気まずい空気が漂っていた。彼女は何度もヒューイに声をかけようとしたが、彼の顔を見ると緊張してしまって、顔を逸らしてしまう。そんなことを繰り返して、かなり長い間うまくいかないでいた。

 ヒューイは、その度に悲しそうな顔をする。ギネヴィアは、このままではいけないと思いつつ、切っ掛けを完全に見失っていた。


 そんな時、珍しく学校の女生徒がギネヴィアに声をかけてきた。

 その女生徒は、筆記試験の成績が良いヒューイに好感を抱いているようで、ヒューイと面識を持ちたいと言ってきた。


「ええと、つまり、ヒューイさんにあなたを紹介すればいいんですのね」


 ギネヴィアは、これがヒューイと再び仲良く話すきっかけになるかもしれないと思い、彼女の頼みを快く受け入れた。


 *


 ギネヴィアは、女生徒を、ヒューイがよく滞在している成龍ビショップの厩舎に連れていった。


 女生徒とヒューイは、軽く自己紹介をして、飛龍に関する軽い雑談をしている。

 彼女は二人が話すのを見守りながら、少し不安な気持ちでいた。女生徒は楽しそうにヒューイと話していたが、ヒューイは普段に比べて少し淡々とした雰囲気に見える。

 彼女は少し離れたところから何を話しているのだろうと興味深く観察していたが、ヒューイの表情はどこか冷めているように思えた。

 やがて、二人は他愛ない会話をして別れた。女生徒は笑顔で去っていったが、ヒューイは珍しく機嫌が良くないようだった。ギネヴィアは彼の様子に気づき、心配そうに近づいた。


「……あの、ヒューイさん……」

「ギネヴィアさん。一応聞くけど。あの子、何……?」

「ええと、隣の学級の……」

「自己紹介されたから、そこはわかってるよ。……大分長い間僕と全然口を聞いてくれなかった君が、どうして良く知らない人を連れてきたのか、知りたいんだけど……」


 ギネヴィアは、言葉に詰まり、パッと思いついた綺麗なお題目を口にした。


「あなたに、仲の良い人が増えたらいいと思いまして」

「……それは、どうも。ありがとう」


 ヒューイは全然感謝していない憮然とした口調で言った。ギネヴィアは彼の反応に戸惑い、言葉を失ってしまう。

 ヒューイの態度は普段のように明るくなく、彼女は自分が何かを間違えたのではないかと不安になった。


「……ここ、僕専用の厩舎ってわけじゃないし、君専用の厩舎ってわけでもない。誰を連れてきてもいいよ、別に」

 ヒューイはツンとそっぽを向いて口先だけで言ったが、本心は逆であることは分かりやすかった。彼の言葉には、自分を守るための強がりがにじんでいた。


 彼は珍しく拗ねている。ギネヴィアは、照れすぎて彼と間近で顔を合わせられなくて、彼を避けていた。長い間、まともにヒューイと口を聞いていなかったのだ。


 彼女の態度に対して、ヒューイは少しだけ傷ついていたが、彼は強がって素直にそれを言えない。彼女に対してちょっと冷たい態度を取ってしまっていた。


 二人の間に沈黙が降りた。


「……ヒューイさん」

「何、ギネヴィアさん」


 ギネヴィアは、ヒューイに話しかけようとしたが、彼の態度に言葉が詰まった。彼が普段のように、にこにこしながら話しかけてくれることを期待していたが、それは叶わなかった。ヒューイの声色は、冷たくは無いが、温かくもない。


 ギネヴィアは、じわりと涙を浮かべた。

 これは、ギネヴィアが招いたことだ。胸が痛んだ。そして、彼女は頭を下げ、小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいた。彼女は自分の行動が原因で、大切な人との距離を離してしまったことを後悔していた。


も、避けていてごめんなさい。わたくし、あなたと、どう話したらいいか分からなくなって。そんな時に隣の学級の子に、あなたを紹介するよう頼まれて……。渡りに船だと思いましたの」


 ギネヴィアは気持ちの吐露を続ける。


「……でも、……それは、わたくしの失態を誤魔化す為に、あの子を利用しただけでした。あの子にも、あなたにも失礼でしたわ。ごめんなさい……あの子にも、後ほど謝りますわ……」


 ギネヴィアは、自分の行動を反省し、謝罪の言葉を口にした。その言葉を聞いて、ヒューイは目を見開いた。

 そして、しばらく沈黙したあと、ポツリと告げる。


「僕の方は、もう、いいよ。あの子とも、ただ挨拶して雑談しただけだし。紹介自体が悪かったわけじゃないから、それに怒ってたわけじゃなくて……ただ…………」


 ヒューイは、ギネヴィアに対して抱いていたモヤモヤした気持ちが、少しずつ消えていくのを感じた。彼はただ、ギネヴィアから四週間も口を聞いて貰えなくて、寂しく感じて拗ねていたのだ。

 彼女の謝罪を聞いて、その気持ちも和らいでいった。そして、しばらく経ってから、ヒューイも頭を下げる。


「……僕、寂しかったんだ。……拗ねてて、ごめん」


 彼は、自分の言葉を素直に伝えて、表情を和らげた。


 *



 お互いに謝りあった後、二人は何となく沈黙して、成龍ビショップの世話をしていた。ヒューイが成龍ビショップの厩舎を掃除し、ギネヴィアはビショップの鱗に龍紋病の兆候がないか検査していた。先程よりも居心地の悪さが消え、少しずつ和やかな雰囲気が漂っていた。そんな中、ヒューイは掃除をする手を止めて少し近づき、彼女に声をかけた。


「ねえ、ギネヴィアさん」


彼の声に、彼女は振り返った。

「な、なんですの」


 ヒューイは、ギネヴィアが目をそらさないで、じっと見つめ返してくれることを確認した。


「……別に。久しぶりに、顔が見たかっただけ」


 彼の言葉に、ギネヴィアは少し驚いたが、嬉しそうに微笑んだ。

「そうですの……」


彼女は、少し照れくさそうにしながらも、ヒューイの顔を見つめ返した。二人の間には、言葉にならない気持ちが生まれていた。


 ギネヴィアは、勇気を振り絞って、顔を真っ赤にして言葉を告げる。

「……わたくしも、あなたと一緒にいられて──」




 ──ウェックショ!




 しかし、ビショップのでっかいくしゃみによって、ヒューイが大量のヨダレでベトベトにされたせいで、雰囲気は霧散した。ヨダレを頭の上から左半身に浴びせられ、見るからにひどい有様になったヒューイは、「あっはは! すごい量!」と、思わず吹き出して笑っていた。

 ギネヴィアも、彼につられて笑う。二人は笑いを堪えきれずにプルプル震えながら、成龍ビショップのヨダレの後片付けを始めた。


 *



 それはそれとして、成龍ビショップの言語学習は順調に進んでいく。以前から単語は理解していたが、主語と述語、更には修飾語まで学び始めていた。


 ──『ビショップ』『ヒューイ』『好き』。


 成龍ビショップは、三枚のカードを並べて、得意げにヒューイに見せる。そしていつものようにベロベロとヒューイの頬を舐めた。

「ありがと、ビショップ。僕も君が好きだよ」と言うと、成龍ビショップは機嫌よくクルルと鳴く。

 ギネヴィアは、楽しそうなヒューイとビショップの姿を後ろから眺めながら、厩舎の中でしゃがんでいた。


(わたくしもいつか、素直な気持ちを伝えられたら……)


 そう思いながらも、ギネヴィアが素直になる為には、もう少し時間が必要なようであった。


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