洸龍歴676年/やんちゃな幼龍ビショップ

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 ──クルル、フルル!


 鳴きながら餌をねだる、幼龍ビショップ。

 生まれたてでまだまだ小さいながら食欲が旺盛で、バリバリむしゃむしゃと美味しそうに草を頬張る。

 口の周りには、牧草の食べかすが沢山着いている。


 ヒューイは、そんな幼龍の口を布で拭ってあげながら、幼龍ビショップに向けて微笑み、優しく語り掛けた。


「これは、牧草。牧草だよ、ビショップ」


 ウルル? と首を傾げる幼龍ビショップ。ヒューイは、まず食べ物に関する言葉から教えていくことにした。


 幼龍ビショップは、食欲旺盛なだけはあり、食べ物の名前をすぐ覚えた。特に、大好物のフンゲン菜の名前はすぐに覚えて、「フンゲン菜」の「フ」のところで即反応し、クルルと鳴くとトテトテと駆け寄ってくる。


「猫や犬も、食べ物のことに関しては覚えるって言うけど、君は特にご飯に執着があるね。あんまり太りすぎないように、少し大きくなったら運動も頑張ろうね」


 顎の下を撫でながらヒューイが言うと、幼龍ビショップは元気にクルル!と鳴いた。


 *


 幼龍の成長は早い。一週間もしないうちに足腰がしっかりしてきて、どこでも走り回れるようになってきた。

 白ぶち龍ポーンのように、フリスビーを投げてとってくる遊びを覚えるにはまだ時間がかかりそうだ。

 しかし、食べっぷりの良さからは将来性が感じられる。


「今日は文字のお勉強をしようか、ビショップ」


 ヒューイは、食べ物と、食べ物の名前を文字で書いたカードを同時に出した。牧草なら牧草、フンゲン菜ならフンゲン菜と書かれた文字を同時に見せて印象づけることで、文字を教えようとしたのだ。

 幼龍ビショップは、最初、カードをつついて遊ぶなど、文字を文字として認識していない傾向が多くあった。しかしそれでも、ヒューイは諦めずに根気よく教える。


「いいかい? ビショップ。これは、牧草と読むんだよ。牧草という言葉と、この文字は同じ意味なんだ」


 そう言いながら、ヒューイは牧草を差し出す。幼龍ビショップは、牧草の臭いをフスフス嗅いで、ぱくりと食べた。

 理解しているのか居ないのかわからない、ある意味不毛とも言える時間を過ごしているヒューイに、周囲の生徒や教師は若干呆れていた。

 しかし、それでもヒューイは、真剣だった。

 *


 やがて幼龍ビショップは、大好物のフンゲン菜を意味するカードの意味を覚え、意気揚々と『フンゲン菜』カードを持ってくると、ヒューイを顔先でつついた。

 彼なりの、『フンゲン菜を寄越せ』アピールだ。

「凄い、凄いよ、ビショップ! 君の食欲が、世界を変えるかもしれないよ!」

 興奮して叫ぶヒューイに、幼龍ビショップは、『いいから早くフンゲン菜をくれ』と言いたげな目でグルルと鳴いた。


 *


 幼龍ビショップは、文字の書かれたカードをヒューイに見せると良い事があると学んだようだった。カードを無作為に置いておくと、その時にして欲しいことを選んでヒューイに要求して来るようになった。


 ヒューイは、幼龍ビショップが持ってくるカードの回数を数え、記録を取っていた。

 第一位、『フンゲン菜』。

 第二位、『散歩』。

 第三位、『鱗磨き用ブラシ』。

 見事に幼龍ビショップの嗜好を表していた。無作為にカードを運んできた訳では無い。少なくとも、どのカードを持ってくれば何をして貰えるか理解していると思えた。


 カードの役割を理解しただけで、文字や言語を覚えた訳ではないかもしれない。

 しかしそれでも幼龍ビショップの意思を明確に示されて、ヒューイはとても嬉しかった。


「すごい、すごいねえ! ビショップ。君は天才だよ!」


 幼龍ビショップの顔や顎下を撫でながら、ヒューイが(育ての)親バカ全開で褒めると、彼は得意気に胸を張るような仕草をする。

 人間であるヒューイに手間暇かけて育てられたせいか、彼は一般的な飛龍と違うような行動をとるようになった。

 他の飛龍と同じように厩舎に繋がれるのを嫌がり、特別な事情がない限り下校しなくてはいけないヒューイに着いていきたがる。


「僕も君とずっと一緒にいたいけど、先生に許可を取らないと、学校に泊まり込むことは出来ないんだよ。ごめんね」

 そうヒューイが言うと、幼龍ビショップは甘えるようにフルルフルルと高い声で鳴き、上目遣いで見つめてきた。


「……そんな目で見ないで、ビショップ。置いていきたくなくなっちゃうじゃないか」


 ヒューイが言って、幼龍ビショップを抱きしめると、彼は満足したようにグルルと鳴いた。


 *


 幼龍ビショップは、ヒューイが個人的な資産で買った、個人所有の飛龍だ。

 しかし特別にド=イグラシア飛龍士養成学校の敷地で育てることを許可してもらっている。


 本来ならば、白ぶち龍ポーンのように、ド=イグラシア飛龍士養成学校の所有する飛龍を研究対象にすることが望ましい。


 しかしド=イグラシア飛龍士養成学校の所有の飛龍は、ヒューイの一存で処遇を変えることは出来ない。

 白ぶち龍ポーンが龍紋病に罹った時、ヒューイだけでは助けようがなかったのだ。


 だから、最初からヒューイが所有する飛龍として登録しておけば、幼龍ビショップの扱いは『ヒューイの個人資産』となる。

 これで、何か大きな怪我や病気をしても、感染する類のものでない限り即刻安楽死処分はされずに済む。


「僕はね、君のことが大好きだよ。ビショップ」


 その言葉を聞いた幼龍ビショップは、ウルル、フルル、と、上機嫌な鳴き声を上げた。


「君が幸せに生きられるように、頑張るからね」


 そう呟いて、ヒューイは、幼龍ビショップの鱗を、鱗磨き用のブラシで優しく擦っていく。

 幼龍ビショップは、ヒューイの頬にスリスリと顔を擦り付ける。瞳もとても穏やかで、心地よさそうだった。


 そして、ビショップは、かつて黒龍キングがしてくれたように、ヒューイの頬を温かい舌で舐めてくれる。


「ふふ、くすぐったいよ、ビショップ」


 ヒューイは軽やかに微笑み、その温かさに親友の黒龍キングを思い出して、少しだけ切ない気持ちになった。


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