洸龍歴675年/龍紋病(中編)
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飛龍が大地と空を覆うように存在しているこの世界。しかし、大きな翼と綺麗な鱗という美しい姿を持つ飛龍たちには、古くから恐れられる病気が存在していた。それが、
大切な飛龍ポーンが龍紋病に感染してしまったことを知ったヒューイ・ガゼットは、白ぶち龍ポーンの命を救いたいという強い思いを抱く。しかし、現実は容赦なく彼を苦しめていた。
*
「……ポーンを……ポーンを安楽死させる前に、彼を治す方法を見つけるための時間をください……! どうか。どうか! お願いします! 僕に、時間をください!」
必死に頭を下げ、地面に頭を擦り付けるようにして彼は頼んだ。
しかし、教師は「……おやめなさい、ガゼット君」と言った後、厳しい表情で首を横に振る。「例外はない、と言ったはずだよ。確かに龍紋病の進行自体は遅いはずだが、罹患した飛龍を早期隔離して処分しないと他の飛龍にも感染の恐れがある。……それに、治療法など現状存在しないんだよ」
「でも……!」とヒューイは叫んだ。
しかし、彼にも二の句が継げなかった。実際、教師の言っていることは正論だった。龍紋病に対して根本的な解決策を持っていないヒューイがやろうとしていることは、単なる時間稼ぎでしかないからだ。
──いずれ安楽死させなければならないなら、苦痛の軽い今の方がいいと教師は言外に伝えているのだ。
「……私だって、助けられるのなら助けてやりたい。飛龍が好きで、このド=イグラシア飛龍士養成学校に勤めているんだ……。だが……」と、教師は力無く呟いて、項垂れた。ヒューイも俯いて、言葉を出せないでいた。
そんな膠着した状況を高らかにブッ壊したのは、凛とした少女の誇り高い声だった。
「──先生、私からもお願いいたしますわ!」
ヒューイの背後からコツコツと足音が近づき、彼の隣で立ち止まる。彼女は、ヒューイと一緒に頭を下げてくれた。驚きとともに、彼は、心強い級友が現れたことに安堵して彼女の名前を呼ぶ。
「ギネヴィアさん……!」
*
「龍紋病を治療する手掛かりを掴めたならば、この国にとってとても有益な結果を齎すはずです。それに、わたくしも、ポーンを助けたい。ポーンだけでなく、龍紋病で苦しむ全ての飛龍のために」と、ギネヴィアは凛とした眼差しで告げ、「どうか、僅かでも構いません。わたくし達に時間をください」と頭を下げた。
ギネヴィアは、筆記試験第二位、飛龍騎乗試験一位の才媛だ。それだけではなく、彼女は、伯爵家の血を引く伯爵令嬢でもある。将来の国益を語るに、十分な背景を持った人間であった。
──猶予は、一週間。
その期間を過ぎて、何の成果も得られなければ、予定通り白ぶち龍ポーンは安楽死処分とされる。
しかし、教師はかなりの温情をかけてくれていた。本来は『直ちに』処分しなければいけないのに、教師達の会議にかけてまで、『例外』を作ってくれたのだ。
ギネヴィアは、勝気な笑みを浮かべると、ヒューイの手を取った。
「さあ、ヒューイさん。先生の期待に応えるためにも。ポーンを助ける為にも頑張りますわよ!」
「うん……!」
ヒューイは涙目になりかけながら、しかし泣く事はせず、限られた時間を無駄にしないために研究資料が納められた研究室へ走っていった。
*
ヒューイとギネヴィアは、重い使命を背負い、一週間という限られた時間の中で龍紋病の謎に挑むこととなった。彼らは教師からの猶予を得たその日から、決して無駄な時間を過ごさず、計画を練り上げた。
「まずは、手掛かりを探さなくてはいけませんわ。闇雲に動いても、時間を浪費するだけですわ」とギネヴィアは告げる。
──最初の日、膨大な蔵書の中から龍紋病に関する古い資料や文献を探し求めた。埃まみれの書物の中には、かつての学者たちが記した龍紋病の記録が眠っている。彼らは文字通り時間をかけて、情報の断片を集めた。
「虫食いだ……」
ヒューイの声が研究室に響き渡り、ギネヴィアは悲しげな表情を浮かべた。重要そうな情報が記載された古い資料を手に取り、虫食いによって文字が部分的に読めなくなっているのを見て、彼らの希望は打ちのめされた。
「断片だけでも手掛かりとして有用だと考える他ないですわ。せめてこれ以上損傷しないように、虫干しも行いましょう。わたくし達だけでは手が足りないので、虫干しに関しては先生や他の生徒を頼りましょう。貴重な資料の損傷は、学校全体の損失ですから」とギネヴィアは静かに言った。
彼らは研究室を出て、虫干しのための手伝いを求めるために学園内を歩き始めた。古い資料を守り、さらに龍紋病の謎を解くための手がかりを求めて、ヒューイの師匠である獣医師グランへと助力を求める手紙を書いた。
*
──二日目、彼らは古い資料の分析に取り掛かった。龍紋病の原因や発生条件についてのヒントを探し求める中で、彼らの目にはかすかな光が射した。
それは、かつての龍紋病の流行に関する記録の中に隠された、重要な手がかりだった。龍紋病に罹る飛龍の環境は、不潔で湿っていることが多いという。
「あまり珍しい環境ではございませんわね」
「うん……。でもきっと、手がかりになる筈だよ」と言いつつ、ヒューイは、真剣な瞳で資料を捲っていた。
──三日目、彼らは得たヒントを元に、龍紋病の原因が何であるかについての仮説を思いつく限り立てた。
Ⅰ.『環境汚染説』。Ⅱ.『寄生虫説』、Ⅲ.『遺伝病説』。IV.『毒物接種説』、Ⅴ.『微生物説』。ヒューイとギネヴィアの熱意に感化されて協力してくれるようになった教師陣とも話して、それらの可能性が現状有力だとしつつ、他の可能性も探っていくことになった。
龍紋病に感染した飛龍ポーンから龍紋病の症状が出ている部分の鱗や皮膚片を採取し、検査を行った。彼らの手には、希望と不安が入り混じった鱗が握られていた。
四日目以降、彼らは一つ一つの仮説を検証し、原因の特定を急いだ。彼らの日々は、研究室の中での熱い議論と実験の連続だった。時には挫折もありながら、彼らは決して諦めることなく、龍紋病の謎に挑んだ。その頃には教師陣もヒューイとギネヴィアの研究に手を貸してくれるようになっており、人海戦術で様々な研究が同時に進んで行った。
──僕一人でできることなんて、たかが知れてる。
──でも、皆の力を借りたら、こんなにも……。
ヒューイは、白ぶち龍ポーンを救うために、大勢の人が動いてくれている現状が嬉しくて、袖で涙を拭った。
教師陣や感銘を受けた生徒達が協力して、土壌調査、水質調査、植生調査など人手が必要な作業に乗り出してくれている中、ヒューイとギネヴィアは、最も近い場所で龍紋病に感染した
龍紋病は人間に
「排泄物には特に異物が含まれていない。喉の奥も見たけれど、少なくとも見える範囲に異物が詰まっていることは無いみたいだ。先生達が周囲の土壌調査もしてくださっているけど……他の飛龍と、龍紋秒に感染した飛龍の差となりうる要素は見つけられなかったみたい」とヒューイは語りながら、
研究の為に剥いだ鱗の周辺にも龍紋病の症状である青い紋様は残っていた。清潔にした手巾で患部を優しく拭うと、青い文様の一部は剥がれて落ちた。
「──この文様は、一体何なんだろう。擦ると剥がれて、でも、しばらくするとじわじわと再生してしまう……」
「……研究室の一角を借りて、削り落とした青い紋様の欠片を、寒天の上に載せてみておりますわ。もし、
「ありがとう、ギネヴィアさん。……龍紋病を間近で観察した感じ、僕、これ、何かに似ている気がするんだ。すごく身近で、誰の近くにもあって、どこでも見かけるような有り触れた何か……」
ヒューイは、必死にこの既視感の正体について考えていた。喉の奥に引っかかって、もう少しで出そうで出ない。
「……頑張ってくださいませ。案外、あなたの思いつきが理にかなったもので、飛龍を救うことになるかもしれませんわ」
そう言いながらも、ギネヴィアは、調査の手を止めない。心強い研究員としての顔で、彼女は頼もしく微笑んだ。
「何せあなたは、この学園の誰よりも飛龍が好きなんですもの。あなたの熱意が、このド=イグラシア飛龍士養成学校を動かし始めたんですわ」
ギネヴィアの笑顔は、連日の過酷な研究で疲れ果ててはいたが、とても優しく温かなものだった。
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