洸龍歴674年/飛龍騎乗のコツ

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 飛龍士たちは、飛龍に乗るための特別な装具を使っている。その装具は、飛龍との絆を深め、空を舞うための安定と力を提供するものである。


 まず、飛龍鞍ひりゅうぐらと呼ばれる鞍がある。これは、飛龍の背にしっかりと固定され、飛龍士が安定して座るための椅子のような役割を果たす。その次に、腹帯はらおびがある。これは、飛龍鞍を飛龍の腹にしっかりと固定するための道具であり、飛龍士とと飛龍の一体感を高める役割を果たす。


 そして、あぶみと呼ばれるものもある。これは、飛龍の乗り手が足を固定するための道具であり、飛龍との連携を強化する。また、ハミと手綱も重要な道具である。ハミは、飛龍に咥えさせて利用するものであり、飛龍に乗り手の指示を伝える役割がある。手綱は、ハミに繋げて使う紐のような道具であり、飛龍とのコミュニケーションを円滑にする。


 最後に、飛龍着ひりゅうちゃくと呼ばれるものがある。これは、飛龍に着せるための外套のようなものであり、飛龍の所属を象徴し、貴族所有の飛龍に着せられるものには紋章が刻まれることもある。共に空を舞うための準備を整える。これらの装具は、飛龍士たちが古代から受け継いできた伝統的な道具であり、飛龍との連携を深め、空を舞うための準備を整えるために不可欠なものなのだ。


 *



「……それ、この間授業で習った範囲だね。急にどうしたの」

 ヒューイ・ガゼットは、突然飛龍装具について説明し始めた級友のギネヴィア・エルドリッジを見つめて、きょとんとした。


「あなたにのコツを教えるために、授業を最初から振り返って差し上げているんじゃありませんの!」


 ギネヴィアは、豪奢な金髪を振って、プイと顔を背け、プンプンと怒っていた。ヒューイはよく知らなかったのだが、彼女の生家のエルドリッジ伯爵家は、何やら良くない噂が多々あるらしい(人間にあまり興味のないヒューイには、そんなに重要なことではないが)。

 ギネヴィアは、そんなエルドリッジ伯爵家の血を引く者とは思えないくらい、怖くはない。豪奢な金髪と紫の釣り目で少しキツい外見はしているものの、彼女はとても華奢で、小柄で、彼女にそばで叫ばれてもまるで仔犬がきゃんきゃんわんわん走り回って吠えているようにしか思えないのだ。


「……どうして君、周りの人から怖がられてるんだろうね? (仔犬みたいで)可愛いのにさ」


 ギネヴィアは、『可愛い』と言われたことに顔を赤くして、あたふたと手をばたつかせた。


「ばっ、ばかっ! 何を仰いますの! 女性にそんな軽々しく愛を囁くものではありませんわよ!」

「囁いてないよ? 僕、普通に話してるよ……?」

「ああもう! あなたって人は! もう!」


 ヒューイは、ギネヴィアのことが嫌いでは無い。からかうと面白いし、普通に話していても、いちいち反応が大きくて、見ていて飽きないからだ。


「エルドリッジさんは面白いなあ」


 そうヒューイが言うと、ふとギネヴィアは顔を曇らせた。豪奢な縦ロールを指でいじいじして、俯いてしまう。


「……あの。わたくし、家名で呼ばれるのはあまり、好みませんの。出来れば、ギネヴィアとお呼び頂けませんか?」

「うん。僕もヒューイでいいよ。初等教育院でもそう呼ばれてたから」


 あっけらかんと言うヒューイに毒気を抜かれて、ギネヴィアは目を見開いた。「……ヒューイさん、あなた、本当に、わたくしのことを見てくださるのね。エルドリッジ伯爵家の娘としてではなく、わたくし《ギネヴィア》として」と、ギネヴィアはポツリと呟いた。


 *


「──さあ、飛龍装具に関する復習も終わったところですし、飛龍机上のコツを講義して差し上げますわ。わたくし、自分で言うのもなんですけれど、初めての飛龍騎乗試験で第一位を取得しておりますの」


 豪奢な縦ロールをファサっとかきあげ、フフンと得意げにギネヴィアは胸を張った。そんな彼女の様子に、ヒューイは首を傾げる。


「……今更だけど、何で僕に色々教えようとしてくれるの? ギネヴィアさんって元々僕を筆記試験首席の座から蹴落とそうとしてなかったっけ?」

「蹴落とすなんて! わたくし、確かにあなたに宣戦布告致しましたけれど、そんな悪辣なこと致しませんわ! 実力で勝たないと、意味がありませんもの!」


 ヒューイは、ギネヴィアの眼差しが、大好きな親友黒龍キングの気高さに似ている気がして、少し微笑んだ。


「……ふふ、君って、優しいね」

「な!?」


 ギネヴィアは顔を真っ赤にした。顔だけでなく、みるみる耳や首元まで赤くなる。そんなギネヴィアを見て、ヒューイは風邪でも引いたのかなあと思った。


 *


 ギネヴィアとヒューイは、教師の許可を取って、大人しい気性の飛龍を一頭借りてきた。鱗の模様は黒地に白のぶち模様がある可愛らしい飛龍だった。


「こんにちは、君のことは、なんて呼ぼうかな。何となくポーンの駒に模様が似てるから、『ポーン』。どうかな?」


 ヒューイが視線を合わせて声をかけると、白ぶち龍ポーンは、クルル…と機嫌良さそうに鳴いた。どうやら、ヒューイの提案した名前を気に入ってくれたらしい。



 ギネヴィアは、驚いたように目を見開く。


「ヒューイさん、あなた、飛龍を名前で呼びますの?」

「うん。おかしいかな? だって、管理番号だけで呼ぶなんて、味気ないじゃない。一頭一頭、個性があって、性格も違うのに、似たような文字列で呼ぶなんて」


 白ぶち龍ポーンは、草をはみながらモソモソ歩いている。どうやら白ぶち龍ポーンは食いしん坊な性格らしく、芝を食いちぎってモシャモシャ食べていた。

「君のあだ名は食いしん坊ポーンだね。おいで」

 ヒューイが優しく呼ぶと、カシャカシャと足音を立てて白ぶち龍ポーンが近づいてくる。白ぶち龍ポーンは、ふいに鼻をムズムズさせると、ヘックショ!と音を立ててくしゃみをし、唾液をヒューイの顔にぶちまけた。


「うわっ! ……あはは! 君はやんちゃだね!」


 唾をぶちかまされても、ヒューイは全然へっちゃらだった。瓶底メガネを服で拭いて、視界を確保すると、ヒューイは手際よく飛龍鞍や腹帯を巻いていった。


「……あなた、飛龍で飛ぼうとする時はあんなにワタワタモタモタしてらっしゃるのに、飛龍装具を取り付ける時は丁寧で手早いんですのね」

「まあね。獣医師のグラン先生の所で練習させて貰ってたから……。飛龍士の資格もないし、まだ小さかったから、空を飛ぶ練習はさせて貰えなかったけど」


 ヒューイは、飛龍装具を白ぶち龍ポーンにテキパキ取り付けながら、手持ち無沙汰なギネヴィアに昔話を聞かせた。


「そういえば……。太りすぎて、飛龍鞍を外せなくなっちゃったって患畜が来た時があったんだよ。無理やり剝いじゃうと、鱗が取れちゃうからね。食用油でぬめらせて、グラン先生と力を合わせて何とか引っこ抜いたんだよ」

「まあ! そんなことが!?」

「そうそう。その代わり、飛龍鞍が油でベトベトになっちゃって。あの時は本当に大変だった。患畜の治療より、飛龍鞍の掃除の方が苦労するなあって思ったよ」


 ギネヴィアは、ヒューイの話を聞いてくすくすと楽しそうに笑った。


 *


「あなた、私塾にも通っていらっしゃらないのに、ド=イグラシア飛龍士養成学校の入試で主席を取るなんて、どういう絡繰かしらと思っていたのだけど。飛龍医学の権威、グラン教授に師事していらしたのね」

「うん。小さい頃、……色々、あって。面識があったから。土下座して頼み込んで、弟子にしてもらったんだ」


 飛龍医学の権威、グラン教授。彼もまたド=イグラシア飛龍士養成学校の出身で、飛龍に関して様々な知識と技術を持つ傑物だった。


「そうでしたの……。わたくし、勉強にばかりかまけて、何も知らなかったんですわね。わたくし、ただ、国で一番の名門校で首席になることしか考えていませんでしたの。たまたまそれが、ド=イグラシア飛龍士養成学校だっただけで。他の名門校が一番とされていたら、そちらに行っていましたわ」と、ギネヴィアは告げた。


「あなたは、飛龍が大好きなんですのね。だから、誰よりも……貴族の端くれであるわたくしよりも知識を得られたんですのね。……それは、とても、素晴らしいことだと思いますわ。あなたの努力と熱意は、ド=イグラシア飛龍士養成学校の入試首席にふさわしいわ」


 ギネヴィアは、綺麗な紫の瞳で、ヒューイを見つめた。その綺麗な色は、やはり黒龍キングに似ていて、胸を締め付けられるようなせつない気持ちになった。


「……ありがとう」


 ヒューイは、随分久しぶりに、素直に微笑んだ。

 その笑顔は、黒龍キングの前で見せていた、幼少期のはにかんだ表情に似ていた。


「わたくし、次の試験では、負けませんけれどね!」

と、ギネヴィアは胸を張る。ヒューイは、「僕も、負けないよ。飛龍のことが、大好きだから」と言った。


 *


「──さあ、保護帽と、膝当て、肘当て、防護服、それに、落下した時用の命綱は装着しましたわね。これで、準備万端ですわ!」

 ギネヴィアは、胸を張って高らかに宣言した。彼女も、人間用の装備品一式をきちんと着崩さず来ている。

「……えっと、ギネヴィアさんも飛龍に乗るの?」

「当たり前ですわ。あなたがどうしてあんなにもへっぴり腰なのか分かりませんから。今日はわたくしの後ろに乗っていただいて、空を飛ぶ感覚を身につけていただこうと思ったんですの」


 ギネヴィアが騎手を務め、ヒューイは後ろに座る。命綱をしっかり固定して、バランスを崩した際も姿勢保持ができるように確認する。

「──さあ、で、行きますわ! 十メータ以上は飛びませんから、ご安心なさって!」

 その言葉と共に、ギネヴィアの手綱が振り下ろされ、二人は白ぶち龍ポーンに乗って勢いよく大空へと舞い上がる。風が顔に吹き付け、ゴウゴウと音がする。ヒューイは、青い青い透き通るような空を見て、涙を零した。


 ──ねえ、キング。君と一緒に飛びたかった空が、今はもうこんなにも近いよ。



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