第一章『遥かなる空を君と飛びたかった』

洸龍歴674年/飛龍に乗れない少年

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 風が草原を駆け抜け、小さな町を通り過ぎる。その町に住む子供たちは、空を飛ぶ飛龍士たちの姿を見上げ、夢中でその姿を追う。その中には、自分の夢を追い求める一人の少年がいた。ヒューイ・ガゼット。彼は、12歳になってすぐド=イグラシア飛龍士養成学校を受験し、筆記試験首席であった。しかし、入学後に判明したことだったが、彼には飛龍に乗る才能がなかった。それでも彼は、飛龍に携わることを決して諦めない。

 黒龍キングとの痛ましい別れが、彼の胸にあった。


 *


 黒龍キングが安楽死させられてから、ヒューイは、大きく変わった。

 獣医師の自宅に出向いて土下座をして、獣医師の弟子となり、様々な書籍を読み漁った。獣医師グランは、鬼気迫るヒューイの勢いに心配していたが、その声は少年には届かない。無邪気で何も知らなかった無垢な子供はもうそこに居ない。黒龍キングの安楽死を前にして、何も出来なかった自分の無力感に苛まれながらも這い上がろうとする少年の大人びた姿があった。


 *



「──ちょっと、そこのあなた!」


 ド=イグラシア飛龍士養成学校入学を済ませて1週間後。

 ヒューイの前に、腕を組んで仁王立ちしている同い年くらいの金髪の少女がいた。胸に着けているリボンタイの青色からして、恐らく同学年だろうということはわかった。

 ヒューイは、ド=イグラシア飛龍士養成学校に筆記試験首席入学を果たすほどの知識を得ていた。しかし、本を読みすぎて視力が落ちたので、瓶底メガネをかけていた。更に身なりにも気を使わず、ボサボサ頭で歩いていた。遠距離を見据えて飛龍を操る飛龍士にとって、視力低下は大問題だ。だが、どちらにせよ飛龍に乗って空を飛ぶ才能が欠けているヒューイには、あまり関係ない。今も、図書館の本を読みに行き、知識を蓄えようとしていた所を見知らぬ少女に呼び止められたのだ。


 *


「……僕を呼んだのって君? 初めまして。僕に何か用?」

 ヒューイがそう告げると、金髪縦ロールの少女はぽかんとした。そして、わなわなと身体を震わせると、顔を真っ赤にして大きな声で叫んだ。

「はっ、はじめましてですって!? わたくし、あなたのクラスメイトでしてよ!筆記試験第二位、第一回飛龍騎乗試験を主席で通過した、このわたくしだけでなく、エルドリッジ家のことすらもご存知ないなんて……!?」

 そんなことを言われても、ヒューイは町工場の生まれのしがない平民である。貴族特有の長ったらしい名前や、よく知らない人の名前など、いちいち覚えていられない。

「なんだか、ごめんね。えっと、エルドリッジさんって言うんだね。僕、人の名前、覚えるの苦手で。クラスメイトだったんだ。今、覚えたよ」

 エルドリッジ伯爵家の者だという彼女はこほんと咳払いしたあと胸を張り、堂々と名乗りを上げた。

「わたくし、エルドリッジ伯爵の娘、ギネヴィア・エルドリッジと申します。筆記試験第二位の者ですわ。今日はあなたに宣戦布告をしに来たんですの」



 ヒューイは少女の名前を覚えた。ギネヴィア・エルドリッジ。豪奢な金髪に、深い紫の瞳。声の張りと響きも美しい。ヒューイは何となく、彼の最高の親友である黒龍キングの雄叫びもまた綺麗な音だったことを思い出した。

 しかし、宣戦布告とは一体何のことだろう。

「はあ……どうも」

 ヒューイは生返事をして、ぺこりと会釈すると、そのまま立ち去ろうとした。

 しかしギネヴィアはヒューイの背中に向かって叫ぶ。

「お待ちなさい! まだ話は終わっていなくてよ! わたくし、絶対に、ぜーったいに、あなたに筆記試験の実力で勝って見せますわ! 覚えていらっしゃい!」

 きゃんきゃんと子犬のように喚く彼女は、どうやらヒューイをライバル視していて、首席の座を奪い取るために勝負を仕掛けてきたらしい。宣戦布告というのは、何のことはない。『ヒューイから必ず首席を奪う』という勝利予告宣言だったそうだ。

 しかしヒューイは、「別に学生の間、首席かどうかなんて大きな問題じゃないでしょ。僕はただ飛龍のことが知りたいだけ。沢山。どんな細かいことでも。そうして、僕の夢が叶えば、成績なんて何番でもいい」と言った。ヒューイの心にあるのは、『寿』という途方もない夢だったから。

 それを聞いたギネヴィアは、一瞬ぽかんとして、わなわなと身を震わせた。

「なんですって!? あなた、何を仰るの!? 貴族にとって、名門校ド=イグラシア飛龍士養成学校での首席の座は、何よりも誉れ高いことですわ! それを! あなたは! なんでもないことのように!」

「僕、貴族じゃなくて、平民だし……」

「平民だろうがなんだろうが、この学舎で共に学ぶなら立場は同じですわ! 決めましたわ、わたくし、絶対、ぜーったいに、あなたに成績で勝ってみせますから!」

「君、飛龍騎乗試験で一番でしょ。もう僕に勝ってるよ。僕、飛龍に上手く乗れなくて、騎乗試験で最下位なんだから。……えっと、良かったね。君の勝ちだよ」

「あなた本当にいい加減になさいまし!? わたくし、筆記試験で! あなたに勝つと! 言ってるんですわ!!」

 ヒューイは、からかえばからかうほど、いい反応をする彼女のことが、ちょっと面白いと思った。フフッと思わず笑みを零すと、彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。



「な、何笑ってるんですの〜〜!?!?」



 これが、ヒューイ・ガゼットと、ギネヴィア・エルドリッジの邂逅だった。二人はこれから、クラスのはぐれ者同士として、何だかんだ話しながら学生生活を送ることになる。

 ──二人は、後の夫婦である。



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