第31話 手に入れた穏やかな日常
すぐに春休みが終わって、俺たちは晴れて二年生となった。
俺も浩之もバイトの関係で帰宅部なので関係ないが、部活に所属しているやつらはこぞって体育館に行き、新入生の勧誘に励んでいる。
「俺らもやられたけど……いざやる側になると必死だな」
「そうだね。でも部活やってる人はそれに命かけてるレベルなんだから言わないお約束だよ」
「へいへい」
他にも帰宅部でやることがなくてスマホいじったり物思いにふけるクラスメイト達の中で、さすがに席が離れた俺たちは窓際に行ってぽかぽかと暖かい日光を堪能していた。
付き合ってからまだ数日。変わったことは特にない。家にいるときもふざけあったりする距離が縮まったくらいであれからキスもしてない。
違う。別にしてほしいわけじゃない。だけど今でもその感覚を思い出せるというか、やっぱり恥ずかしいというか。
帰りに一緒の方向に向かうので、まだ事務所に所属してはいないがとっさにやってしまわないよう帰りに手を繋ぐのはやめた。
その代わり家で手を繋ぐこともあったりしてお互い不満とか触れたい欲求を爆発させないようにしている。
「勉強とか難しくなるのかな。まあ二年だからそうだよね」
「俺ら別に勉強大好きってわけじゃないからな」
「英語が難しくなるのは勘弁してほしい……」
「諦めろ。もう俺たちは二年だ」
「あーあ。二年なってバイトの給料上がったと思ったのに学校生活は厳しくなりそうでやだなあ。瑛太、勉強教えてくれよな」
泣き真似をしながら頭を下げ前で手を合わせて頼みこんでくる浩之の頭をぺしっと軽く叩く。
「今までさんざん教えてやってたんだから、一人でなんとかするんだな」
「教えてくれないの!?」
「バイト代を融通してくれるなら考えよう」
「ひでえ! 悪魔だあ!」
「バカ。嘘だって。ちゃんと教えてやるから落ち着けよ」
泣き真似でぐすぐす言う浩之の背中をぽんぽんと叩くと、浩之はぱああ、と顔を輝かせた。なんとも扱いやすい奴だ。喧嘩の腕以外は。
それでも俺もこれから事務所に所属したらレッスンとかで浩之と離れている時間が増えるんだろう。寂しい、と思う。素直に。せっかく付き合ったと思ったらすぐ離れ離れなんて。
でも、これも俺が選んだ道だ。まったく会えなくなるわけじゃないし、バイト先で顔を合わせるから大丈夫だ。
デビューとなったら本当に会える時間が減ってしまうんだろうが、チャットアプリで合間に連絡することはできる。家に帰れないというのも、俺が18歳になるまでないだろうし。
浩之には寂しい思いをさせてしまうけど、さおりやサチエさん、浩之のお母さんにも恩を返したい。
もちろん浩之にもだ。浩之がいなかったら、今の俺は存在しないから。だから頑張って歌って、いつか二人で一緒になれるように。
「なんか、瑛太。素直になったよな」
「なんだよ。素直になるとなんか悪いのかよ」
「いや、嬉しくって。前までつんけんして誰も近寄らせないみたいな雰囲気してたのに本当に雰囲気柔らかくなってさ。だから横顔も綺麗になったよ。いっつも穏やかな顔してるから」
そうなんだろうか。浩之に綺麗と言われるなら、悪い気分はしない。むしろ今は女の子なんだからもっと自分を磨いて見惚れさせて尻に敷くくらいの感覚でいかなければ。
俺の考えてることを察知したのか、途端に浩之が下手に出てくる。
「あの。瑛太さん?」
「ん?」
「おれ、瑛太には良妻になってほしいなって」
「今でも十分良妻だろ? サチエさんに習って料理作るようになり始めたし」
といっても、今のレパートリーは簡単な白米と味噌汁しかないのだが。
サチエさんはとてもよくしてくれている。住む場所を提供してくれるだけではなく栄養が偏るからと料理まで教えてくれるなんて。
コンビニ飯は確かにうまいが栄養が偏る。そんなことまで心配して、時々ご飯に誘ってくれるサチエさんに完全に俺は懐いていた。第二のお母さんみたいで。
「ばあちゃん、瑛太にだけは優しいもんな。なんで俺には厳しいんだ」
「身から出た錆ってやつじゃないかな」
「確かに中学んときはやんちゃしてたけどさ! もう一年経って真面目になったから許してほしいんだよね! 鍋のとき俺だけ肉分けてくれるの少ないし!」
「はは、サチエさんらしいや」
「いや、笑い事じゃないよ。俺育ちざかりだよ? 肉とかすごい食べたいわけ。野菜じゃ腹膨れないんだよぉ! 節約しなきゃなのはわかるけど肉食べたいよぉ!」
それを見た俺がくつくつと笑っていると、がらっとクラスの扉が開いた。そこから人が大量になだれこんでくる。
「だーっ! 今年の一年生意気なのばっかだったな!」
「しょうがないよ、こんなふうにちやほやされるなんて初めてだろうしね」
始業式の勧誘タイムが終わったのか、勧誘に行っていたクラスメイト達が帰ってくる。収穫がよかった部活とそうでない部活とで一年の評価はばらばらだ。
「ほらー、休憩時間終わったら授業だぞ。二年になったお前らをみっちりしごいてやるから、覚悟しとけよ!」
国語の教科担任が入ってきて、教科書を教団に置いてにやにやと笑って俺たちを見回す。国語が苦手な生徒は悲鳴をあげるのを教科担任は楽しんでいるようだった。
この人も大概いい性格してるよな、と思いつつ、俺は浩之に目配せをした。二人きりモード解除の合図だ。
浩之はうなずいて、入り口近くの席に戻っていった。対する俺は真ん中付近の席に座る。休憩時間開始のチャイムが鳴ってから、俺と浩之はそれぞれ仲のいいクラスメイトと談笑を始めるのだった。
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