第14話 にぎやかなお正月
「瑛太、最近やけに楽しそうにするのね」
暗い声が玄関から出かけようとした俺の背中にかかる。
それはそうだ。母さんは浩之の存在を知らない。俺がバイト先でさおりや加藤店長と仲良くなってきたことも、浩之が俺を救ってくれたことも知らないのだ。
ただバイトをして、学校に通って、前までのように死んだ目ですぐさま部屋に逃げる俺じゃない。
「母さん、俺、やっぱり」
「許さないわよ。女の子のあなたなんて私の子供じゃないんだから」
さく、と心にナイフが刺さる。
いつものことだ。泣くな。いつだってそんな言葉を投げつけられて生きてきただろ?
「わかってる」
「まさか、お母さんのこと捨てようだなんて考えてないわよね? 親不孝者の分際で」
「……いってきます」
「瑛太、まだ話は……!」
母さんが後ろから引き留めようとするのを外に出て走って逃げる。逃げて、逃げて、逃げて、家が完全に見えなくなるまで走った。
「……浩之」
はやく、会いたい。
■ ■ ■ ■
三が日を避けて来たというのに、みんな考えることは同じなのか神社は人でごった返していた。小さい神社だからというのもあるが、それにしたって人が多すぎやしないか。
待ち合わせ場所の狛犬の前に行くと、すでにばっちり決めた格好の浩之が立っていた。俺はほっとして浩之の背後に気付かれないように回って、がばっと背中を押す。
「うわああ!?」
「よっ! いっつもぼーっとしてるからこうなるんだぞ!」
「な、なんだ瑛太か。鳩でも乗ってきたのかと……」
「鳩? お前肩に鳩乗せたことあんの?」
「たまに公園でひなたぼっこしてるとなんでか大量の鳩が集まってくるんだよね……」
こいつ、動物にまで好かれるのか。その光景をちょっと見てみたい。そしてからかいたい。
「お前犬みたいだもんな。鳩も犬に寄ってきてんのかも」
「わん!」
「誰が乗れと言った! ……はあ、行こうぜ。おみくじとか出店とか見て回りたいし」
「うん。いこっか」
そう言って浩之が隣に並ぶ。二人で鳥居をくぐると、なんだか空気が綺麗なように感じられた。冬だから空気が冷たくて澄んでいるからというのもあるかもしれないが。
俺たちは神社までの長蛇の列の最後尾に並ぶ。そのとき、俺と浩之の肩に手が置かれ、そして二人同時に振り返ったと同時にぷに、と指の先端が刺さる。
「ふふふふ。お二人さん、わたしを忘れてもらっちゃ困りますよ」
「さおり、お前いつから……」
「おれが呼んだんだよ。開店までだいぶ時間あるし、いつもさおりをのけものにするのもなんだかなあって思って」
「そういうわけだから、二人のデートの邪魔して悪いけどわたしも参加するよ! 今日の二人の穴埋めるんだから、たこ焼きとか奢ってもらわないとわりに合わないからね!」
ふふん、と腰に手を当てて胸を張るさおりを、俺は一瞬鬱陶しい、と思ってからはっとする。
さおりはこれでもバイト先の仲間だ。まだ一か月ぐらいしか一緒に働いてないが、相談事には載ってくれるしよき先輩。それを鬱陶しいと思うなんてどうかしている。
でも、二人で来たかったな。と思ってしまう。クリスマスがあんなだったから、二人でいろいろ見て回りたかった。でもそこにさおりが混ざっただけだ。いつものバイトと変わらないと思えば気分も違う。
「ねえねえ、二人は神様に何をお願いするの? わたしはもちろん給料アップ! 女の子は化粧品とか服とかお金かかるんだから! 来年には昇給してもらえるといいなー!」
この女、強欲である。でも俺も女になってから化粧水とか服とかに多少金がかかっているのも事実。俺はまだ入ったばかりだから昇給は見込めないが。
「俺はとりあえずみんなとうまくやれればいいなって思ってるよ。さおりにはバイトのことでいろいろ相談してるしな。浩之は?」
「ん? ひみつ」
「おおん? このバイト先の先輩であるわたしに隠し事だとぅ?」
「ここはバイト先じゃないだろ。それに同じ学年なんだし、これが学校の先輩でもひみつなんだよ」
なんだか達観したような雰囲気をかもし出している浩之に俺は首をかしげる。
浩之が秘密にしたい願い事ってなんだろう。まったく想像がつかない。いや、天然のこいつのことだ。彼女がほしいとかそんな願い事なんだろう。確かにそれなら恥ずかしくて言えないな。
「お前、どうせしょーもないこと考えてるんだろ。諦めろ、お前に彼女はまだ早い」
「それってどういう意味!?」
「そのまんま。お前は天然すぎる。もうちょっと乙女心を学んでから出直すんだな」
「なんだかわからないけど……。とにかく内緒! このお願いごとだけは神様に聞いてもらわなきゃ」
頑なに言おうとしない浩之に疑問を感じつつ、しつこく聞いてもしょうがない。俺は次の話題に移る。
「にしても列長いなー。これ一時間くらいはかかるんじゃないのか?」
「毎年こんなもんよ。ちなみに、三が日はもっと混んでる」
「うひー」
「でもだいたい六日ぐらいまでは混んでるよね」
そうなのか。ここの市に来るのは初めてだったから知らなかった。前の家の神社は閑散としてて、参拝客もいるにはいたが少なかったのに。地域性の違いかもしれない。
「六日まで混んでるって……。みんなやることなさすぎだろ」
「そういう瑛太は三が日どうしてたのよ?」
「あー……。歌ってた」
「三が日もライブだなんて、瑛太よっぽど歌が好きよねえ」
しょうがない。家にいてもやることがないし、最近常連になった観客の人とチャットアプリの交換をしてやりとりするようになってからライブが楽しくなってきたのだから。
ここ最近は安定して十人以上集まるようになり、浩之マネージャーから千円お小遣いをもらった。ケチめ。
でもこの三日間は口コミが広がってきたのか、20人くらい集まったのだ。
俺は嬉しすぎて、ちょっとライブ時間をはみ出してお店の人に怒られたのはご愛敬。もう時間の超過は二度としません。すみませんでした。
そしてつい昨日チャットアプリの機能で俺と浩之を含めたファングループができたのである。
人数は俺たち二人を含めてまだ9人だが、7人も俺のファンがいてくれると思うと嬉しい。
交流も楽しくって、三が日は近くの公園でボイトレをしているとき以外はほとんどファンの人と交流していた。
つい最近まで人間不信だった俺が、ここまで回復するなんて思ってもみなかった。これも全部浩之のおかげで、俺は浩之に何か返せないかと思っている。
そう思ってバイト代でプレゼントを買うと言っても「おれのほうが先輩なんだから、無理しなくていいの」と断られてしまって、どうすればいいのかが最近の贅沢な悩みだ。いや、本当にどうすれば浩之は喜ぶんだろう。
それをさおりに相談したら「キスしてあげればいいんじゃないかな」と完全に俺たちをカップル扱いする返信が帰ってきたので、怒りのスタンプを連打しておいた。
その矢先にサプライズでさおりが登場したものだから、内心ひやひやしている。暴露されたらなんだか俺が浩之を意識してるみたいでおかしいじゃないか。
「歌くらいしか俺取り柄ないからな。勉強もそこまでできるわけじゃないし、見た目は……まあ、置いておくとして。歌ってるとストレス発散にもなるしなー」
「へー。今度さ、ライブわたしにも見せてよ! 瑛太ちゃんの歌聞きたい!」
「普通だぞ?」
「そう言う人はだいたい上手なんですー!」
べー、と舌先を出しながら浩之の腕にしがみついたさおりを見て俺は呆れる。浩之は目をぱちくりとさせてさおりを見ていた。引きはがさないんかい。
「まあまあ瑛太。さおりも悪気があって言ってるわけじゃないしさ。今度パートさんと相談して三人で休んでライブしようよ。さおりの友達とかにも布教できるかもしれないし」
「そうだよ! 美少女シンガーとか憧れる以外の何物でもないじゃん! 友達連れてくるよー!」
さおりの友達か。さおりと同じノリだったらどうしよう。まだ完全に人間不信が治ったわけではないからちょっと引いてしまいそうだ。
そんなことを話している間に先頭近くまで来ていたので、一旦話すのをやめて願い事をそれぞれ思い浮かべる。
せっかく浩之が結んでくれた縁だ。俺はそれを台無しにしたくない。
ようやく先頭が回ってきて、三人で少額のお賽銭を入れて、賽銭箱に貼ってあるお参りの作法を見よう見まねでしてから神様にお願いする。
(神様。俺にもう一度チャンスをください)
あのときやり返せなかった屈辱を、デビューという形で成し遂げたい。そのためには浩之が必要だし、大切だ。この縁だけは、母さんにも邪魔させない。
お参りを済ませて列から離れると、今度はお守りやおみくじも人でごった返していた。
「あ、おれお守り先に買いたいんだ。二人で先におみくじ買っておくといいよ」
「なんだよ。まだ受験って頃合いでもないだろ?」
「そうなんだけど、ちょっとね。すぐそっち行くからさ」
「んー?」
俺が下から浩之を見上げると、さおりは何かを察したらしい。俺の腕を引っ張ってずるずるとおみくじを買う家族連れが多い列に並ばせられる。
「ど、どうしたんだよ」
「浩之にもいろいろあるの。ほら、今年の運勢は何かなー? 瑛太ちゃんは大凶だね」
「なんで!? ここは一発で大吉当ててやらあ!」
そう意気込んで十分後、俺は大凶のおみくじを持って立ち尽くしていた。対するさおりは大吉。完全敗北である。
「……なあ、おみくじ交換しない?」
「えー、やだ。久しぶりの大吉だもん! さっそく飾ろーっと!」
さおりがうきうきしながらすでにたくさんのおみくじが飾られているところに行ったとき、浩之が横からやってくるのが見えた。
「お、浩之。遅かったな」
「ごめんごめん。はいこれ、瑛太のぶん」
そう言って差し出されたのは、幸運を祈願するお守り。橙色と金色の糸で編まれた小さいお守りを優しく握らせられる。
「おいおい、お守りってことは結構しただろ。いくらだった?」
「いいんだって。おれがプレゼントしたいと思って買ってきたんだから。もらってくれると嬉しいんだけど」
「……お前に言われると逆らえないな。もらっておくよ。それで、お前は何か買ったの?」
「ん? おれは別に。それよりおみくじ引かなくちゃ」
「ん、ああ」
待つこと数分。浩之がおみくじを引いて戻ってくるのと、さおりがおみくじを飾り終わって戻ってくるのはほぼ同時だった。
「あっ、浩之お帰り! わたしにお守りはー?」
「さおりは先輩なんだから自分で買えるだけ稼いでるだろ」
正論パンチで殴られたさおりはむっとした顔をする。
「そうだけどさあ……。男の子から女の子に何か買ってあげるってきゅんとするじゃん……?」
「おれはさおりのことそういう目で見れないから」
「うっ……。わーん! 瑛太ちゃん! 浩之がいじめる!」
さおりが今度は俺の腕に抱き着いてくる。
む、胸が。胸の感触がする。女の子の胸って、こんな感触がするんだ……。
それを見た浩之がにこっと笑った。そしてやんわりとさおりと俺を引きはがし、さらに笑みを深める。
「瑛太は一応元男だから。色仕掛けでどうこうしないよーに!」
「ぶー。どこからどう見ても美少女なんだからいいじゃんか。女の子同士の睦みあいが見れるなんてなかなかないぞー?」
「瑛太と先に友達になったのはおれだから。ね?」
「あっ、ハイ」
その瞬間さおりがさっと俺から離れた。俺は不思議な顔をする。
浩之は何かに怒っているようだが、何に怒っているのかがわからない。さおりが調子に乗ったというのはわかるのだが。
まあ、わからなくてもいいか。ほぼ同期の二人にしかわからないこともあるだろう。
「それで、浩之はおみくじなに引いたんだ?」
「あ。忘れてた」
おみくじ忘れるほどのことか? と思うが言わないでおく。さおりとわくわくしながら浩之の手元を覗きこんで、出てきたのは。
「あ、大吉」
「はー!? 大凶なの俺だけじゃん!」
「ぷーっ! これはさすがに、今日の驕りは瑛太ちゃんだね」
「ちょ、まだバイト代入ったばっかだし、家にも入れてるからカツカツなんだけど!」
「でもたこ焼きくらいならいけるでしょ? 三人で食べようよー!」
さおりが俺の背中を押して出店のほうに向かっていく。俺は案外力が強いさおりにびっくりしていて、一瞬浩之の存在を忘れていた。
「……成就する、か」
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