第12話 いざライブへ
期末テストを終え、それから数日バイトに追われる日々を過ごしながら、ビラを配ったライブの当日になっていた。
たった50枚だし、無名のシンガーということで来てくれたのは二、三人だ。それでも、今の俺にとってはだいぶ成果をあげていると言えるだろう。
浩之は観客から離れたところで手袋をすり合わせながらわくわくとした表情で俺の歌を待ってくれている。それだけで、なんだか力がわいてくるようだった。
「えーっと。今日はビラ見て来てくれてありがとうございます。短時間だけど、聞いていってください」
久々に見られて歌うからか声がいささか緊張している。観客は期待した表情で拍手をする。いけるか、俺。
ふと浩之のほうを見ると、あいつはただ頷いた。大丈夫、いける。
騒音対策で音量抑え気味のエレキギターを弾きながら、まずはアップテンポで明るい曲で攻める。キーの幅が広めでハスキーボイスな俺にはつらいが、それでも場を盛り上げるために歌う。
観客の掴みはそこそこいいようだ。一人は手拍子を合わせてくれている。これならいける。
一曲目を歌い終わって、俺がお辞儀をすると観客は拍手で迎えてくれた。
「ありがとうございます。二曲目も盛り上がれる曲でいきますね」
二曲目も俺が作詞作曲した曲だ。元気が出るような、ヒーローをテーマにして作った曲。
『君とだったらどこまでも行けるよ。そう、二人なら!』
手拍子をくれた観客は完全に聞き入ってくれているようだった。他の二人はスマホをいじりだしたりして集中力が切れてきている。まずい。
二曲目を歌い終わったところで、観客の拍手に迎えられて、俺は曲の選択を迫られる。
(ここまで元気な曲でいったから、飽きがきてるのかもしれないな。でも暗い曲だと帰っちゃいそうだし、どうしよう)
俺は一瞬で考えて、エレキギターを持ち直す。元々、今回は20分くらいで切りあげてくれと言われていたのだ。次に本命の曲を入れて終わりでいいかもしれない。
「ありがとうございます。次の曲が最後です。聞いてください」
この曲はアカペラだ。声を張り上げて、裏声を使って高音を出す。
そのとき、観客たちの反応が変わった。俺を食い入るように見て、スマホから目を俺に向けて聞き入ってくれている。
『あなたが私の世界を変えたの。耐えがたいわ。あなたのいない世界なんて』
スマホを持っていた手が、何かのアプリを一時中断して俺を録画する動きに変わった。じっと画面を見ながら、俺の曲を聞いてくれている。
(よかった、聞いてくれてる)
俺は安堵して、さらに空の下に響き渡るように声を張り上げた。
『だから決めたの。変えようって。変わろうって。すべてを変えてしまえばいいんだって』
アカペラは難しいが、ずっと歌い続けてきた曲だから難しいがなんとか歌いきれている。
すると道を通っていた人がまた一人、また一人と立ち止まって、俺の歌を聴いてくれる人が現れた。観客は、いつの間にか十人ほどになっていた。
『決してたがえたりしないわ。愛してる』
最後は優しく、気持ちをこめて。観客から割れんばかりの拍手が飛び出す。中には泣いてる人もいて、女になってからこんな経験をするのは初めてだ。
「けほっ……。すみません、裏声たくさん使う曲なんで喉いかれちゃってるかも。聞いてくれて、本当にあり……」
「アンコール!」
「……っ!?」
俺の曲を聴いて泣いてくれていた人が、声を張り上げてアンコールをかけてくれる。最初周りにいた観客は最初びっくりした表情でその人を見ていたが、次第に笑顔でアンコールを口にした。
俺は、震えていた。悲しいからではない、嬉しくてだ。
女になってから、歌の才能なんてなかったんじゃないかってくらい誰も集まらなかったのに。
俺は涙をこらえながら、フードを外した。俺の顔を見た観客たちが、それを見ておお、と声をあげる。
「今晩は最高の夜になりそうです。さっきの曲は無理だけど、最後にしっとりバラードでしめさせてもらいますね」
わっ、と歓声があがる。俺は観客がいるというつかの間の幸せに浸って、バラードを歌い始める。
そんな俺を、浩之は暖かな表情で見つめてくれているのを確認しながら。
■ ■ ■ ■
「お疲れ、瑛太! すっげーよかったよ!」
「ありがとな。あー、喉いかれるかと思った。それよりも、観客が最初数人いたのも浩之が頑張ってビラ配ってくれたおかげだろ」
「瑛太が……おれに感謝を……!?」
「ぶっ飛ばすぞ」
人がせっかく素直に感謝を述べたのに。照れてるんだろうけどな。
俺たちは家に向かって歩きながら今日のライブについて語っていた。反省点もあるけど、まさかアンコールがかかるなんて思わなかったと二人で驚いているところだ。
あれから何人かの観客からいつもここでやってるのかとライブの詳細を聞かれるという嬉しいこともあり、俺は上機嫌だった。半分浩之のおかげだが、やっと実力を認められたんだという気持ちが大きい。
だから、浩之のほうから伸びてきた手を振りほどかなかった。手を優しく握ってくる浩之の大きな手をやんわりとだが握り返す。
別にお互いそういう感情があるわけではない。でも、二人で掴んだ栄光だと思うと手を繋いで帰るのもやぶさかではなかった。むしろ俺からご褒美のつもりで手を繋ごうと思っていたくらいだからちょうどいい。
「荷物、半分持ってくれてありがとな」
「マネージャーだからな。これくらい当然だよ。……今日、本当にすごかった。あそこでアカペラで歌うっていう判断するのもすごいし、綺麗に歌いきるのもすごかった」
「いいぞいいぞ。もっと褒めろ。今の俺は、最高に気分がいいからな」
「じゃあ、ハグしていい?」
「それはダメ」
冗談でしょぼんとした顔をする浩之の顔を見て笑いながら、俺は何か浩之のためになることはないか考えていた。
歌は今さらだし、学校では猫かぶってるのもあるしいちゃいちゃするとかいうのはちょっと恥ずかしいし、だからといって何かいいプレゼントがあるわけでも──。
「……あ」
「ん? どうした?」
「浩之さ、クリスマス暇?」
面食らった顔をしたのは浩之のほうだ。まさか、俺のほうからお誘いがかかるとは思っていなかったらしい。俺も今思いついたことだから人のことをあまり言えないが。
「クリスマス、どっか食べに行こうぜ。俺、前のバイトで稼いだ金あるから割り勘できるし、浩之にばっか大変な思いさせたからな。それに期末も終わって冬休み入ってるから店長に言って二人で休み取ってさ」
「……こんなに積極的な瑛太を、俺は知らない」
「そりゃ、今まで拒絶してたからな。その、俺たち、友達だろ」
改めて口にすると気恥ずかしい。二人で同じ日に休みを取るとさおりにまたからかわれそうだからそれもまた恥ずかしいが、俺ができる恩返しといったらそれくらいしか思いつかなかった。
「もちろん喜んで。これってさ」
「ん?」
「デート……ってやつ?」
「ぶっ」
人があえて言わないでいたことを平気で言う浩之に俺は吹き出す。
まあ、俺の体は女だから一般的に言えばデートということになるのだろう。だが俺はまだデートだとは認めたくない。友達と遊びに行くだけだ。
「おれは構わないけど……。お母さんは、大丈夫なの?」
「……俺に興味ないから大丈夫だよ。それよりか俺は、浩之と一緒に過ごしたほうが楽しいからそれでいい」
これは本心だ。家でどんよりしているよりは、浩之という友達と一緒にどっかに出かけていたほうがよっぽどハッピーなのだから。
浩之は俺の答えを聞いて、俺の手を握る力をほんの少し強める。
「なんかあったらほんとすぐ言えよ。家出とかするなら俺んち泊まってもいいから」
「ありがとう。ま、暗いことは言いっこなしだ! 久しぶりに楽しい冬休みになるぞ!」
そう言って俺は繋いだ手をぶんぶんと振った。楽しくないことより、今は楽しいことを。
俺はクリスマスに思いをはせながら、どこの店に行こうか考えていた。
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