第11話 ちょっと素直になる
今日は体験バイトの最終日。加藤店長から無事採用のお言葉をもらって、少し暇ができたのでいつでも料理をもっていけるように待機していると、浩之が近寄ってくる。
「瑛太おつかれ。どう? バイトには慣れた?」
「まだ四日だからなんとも。でもパニックになることはなくなったかな」
「よかったー。でも、困ったことあったらいつでも言ってね」
「そうする」
そう短く言葉を交わして、ちょうど料理ができあがったのを浩之が持っていく。
ふう、と息をつくと、背後から両肩を掴まれる。
「ひゃっ!?」
「ふふふ。浩之と仲良くなって結構。でもわたしとも仲良くなってほしいなあ、瑛太ちゃんよ」
後ろを振り向くと、人差し指で頬をぷにっとされる。また古い手を。
さおりは別の学校に通っているからバイト先でしか会えない。連絡先もばたばたしたり俺が人を嫌って拒否したから実質話せるのはここだけだ。
「ねえ、そろそろ連絡先交換しようよー。もっと瑛太ちゃんと話したいよー。浩之の紹介だからあいつはしょうがないとしても、店長とも連絡先交換してるんでしょ? ずるいー!」
「これからバイト先の仲間になるわけだしね。いいよ、あとで交換しよう。休みの交換とかバイト関連の連絡とかしてくれると嬉しいな」
そこまで話して、さおりが目を丸くして隣に立った。俺も不思議に思ってさおりの顔を見つめる。
「んふふ。美少女に見つめられるのも悪くないね……。ってそうじゃない。なんか雰囲気変わった? なんか捨てられた子猫から家猫になった感じがする」
「どんなたとえ?」
俺は思わずつっこむ。
変わった、というのはそうかもしれない。浩之という友達を得て、心に余裕ができたのは事実だ。
母さんとの関係が変わったわけでもないし、物事はなにも解決してないけど。あそこまで心の底からぶつかってきてくれたやつを無下にするほど俺は腐ってない。
「それになんか浩之と距離縮まった気がするし……。え、なに? 付き合った?」
「それはない」
「即答とか、浩之がここにいたらちょっとかわいそう」
「浩之なら泣き真似しながら縋りついてくるだけだから問題ないよ」
「なんか……スパルタだね」
そんなことはない、俺なりの信頼の証だ。と、言えるはずもなく。俺は笑ってごまかした。
「あはは。これでも仲よくなったほうなんだよ? 吉田さんも仲良くなれたらいいね」
「おお……。まるで前のが嘘のような素直っぷり。さおりちゃん、涙出てきそう」
そんなおおげさな。あのときは完全に人間不信だったからああいう対応になっただけで。今も人間不信がなくなったのかと言われると微妙だが、浩之がいるところだと少しだけ安心できるようになった。
ぐすんと泣き真似をするさおりに俺が苦笑いを返していると、加藤店長がやってきた。
「お前ら、サボるのはいいがもうちょっと隠れてやれよ。ほら、上がりの時間だ。子供は帰った帰った」
「わーい! 瑛太ちゃん、帰ろー!」
「お、おう」
普段文句もなく働いているから仕事が好きなのかと思っていたが、まあ働くとなれば金だよな。俺もそうだし。
というわけで二人で更衣室に入り、制服を脱いで私服を着始める。
さおりはとりわけ美少女というわけではないのだが、おっぱいが大きい。Eカップくらいはあるのではないだろうか。
それを見てから自分の胸を見ると、なんだか悔しい。どうせTSするんだったら巨乳がよかった。
俺のそんなちらっとした視線に気付いたのか、コートを羽織りかけたさおりが前を閉めずにこちらを向く。
「なになに? やっぱりおっぱい興味あるの?」
「ち、ちちちちち違うし! いや、おっぱいは嫌いじゃない。でも、好きでもないから……!」
「今は女同士じゃん? 揉まれるのはあれだけど触るくらいならいいよー?」
「そういう問題か! とにかく、連絡先交換するぞ。あ、チャットのほうは連絡遅れるときあるかもしれないから気にしないで」
「わかったー。ありがと!」
連絡先を交換していると、更衣室の扉を軽く叩く姿があった。背格好的に浩之だろう。一緒に帰りたがるのは、やはりわんことしか言いようがない。
「おっと。王子様のご登場か。あとでチャット送るねー」
「王子様じゃない! ただの友達だよ」
普通に言ったつもりだったのだが、さおりは珍しいものを見たような目で俺を見てくる。
「友達……? 瑛太ちゃんが友達になったの? 浩之と? 確かに浩之って誰とでも友達になっちゃうタイプだけど、ここまで人たらしとは……」
「よ、吉田さん?」
「もう、これでわたしとも友達になったんだからさおりって呼んで! 王子様が待ってるし、行こっか」
「もう、だから王子様じゃないって」
からかってくるさおりに反論しながら、友達、という言葉を噛みしめる。
さおりとはこれからちょっとずつ仲良くなっていくとして、やはり浩之の存在は大きい。あの大型犬のような人懐っこさと暖かさに俺は負かされた。悪い気分じゃないが。
浩之と合流して一緒に途中まで歩いて帰る。
浩之は何度か口を開けたり閉じたりしてから、言葉を口にする。
「その、さおりと何話してたの」
こっちもこっちで、さおりのことが気になるらしい。主に、ライバルとして。
「連絡先交換しようって話してただけだよ。お前が想像してるような恋愛関係は存在しないから」
「言いきれるのか?」
「言いきれるよ。さおりは俺にそこまで興味ないもん」
人を信じてないからわかること。仲よくしようと言っていても、それは上っ面の話。浩之みたいに本気で友達になりたいとまでは思っていないのはすぐにわかる。
「ならいいけど……。まあ、さおりのやつも性格そこそこいいから仲良くしてやって。ところで、明日のライブなんだけどさ」
「うん」
「俺、ビラ50枚くらい作って配ったんだ。なかなか受け取ってもらえなかったけど、なんとか完売した! えらい?」
「マネージャーよ。よくやった」
「へへへへ」
浩之が嬉しそうに笑うと、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。本当に気にかけてくれてるのがわかるから安心できるのだ。
「……ありがとな」
「ん?」
「俺のためになんかいっぱい頑張ってくれて」
「……今日素直すぎない? 大丈夫?」
俺はイラっとした。俺が素直だと何かあるのか。こっちは感謝を述べているっていうのに。
「だーっ! 人が素直に感謝を述べてればいい気になって!」
「ごめんごめん。そこの自販機のココア奢るから許して!」
「……ゆるす」
ココアは好きだ。甘いしあったかいし、飲むと体がぽかぽかしてくる。
なんだか物でつられた気がするが、ここは釣られてやる。俺たちは近くの自販機に寄って飲み物を買い、今度の期末テストについてだらだらと喋り始めた。
クリスマスまで、あと一か月を切っていた。
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