第50話:不審な男


 ルークはテーブルの上に翼竜の素材を一つずつ出していく。爪、牙、飛膜、皮、骨、尾。袋に詰められた血と内臓。アレクサンドラは鋭い目付きで確認しつつ、随時保管用の棚に入れていく。


(ふむふむ……首の部分以外は綺麗だね。感心感心)


そしてルークは最後に、ドンと頭部を丸ごとテーブルに置いた。

「これで最後だ」

「ふむ……頭部の状態もヨシ……と。さすがはマジックバッグだ。素材の保管にはもってこいだね。よければ売ってくれないかな?」


「無理に決まっているだろ」

(この魔導具狂いめ……)


ルークは依頼書を取り出し、アレクサンドラに渡した。

「ではこれにサインしてくれ」

「……」

「どうしたんだ?」


アレクサンドラはテーブルを指先でトントン叩きながら言った。

「『どうしたんだ』じゃないよ。魔石はどこいったんだい、魔石は。依頼書に肉は不要とは書いたけど、魔石が不要とは書いてない。それどころか、今回一番の大目玉だよ」

「あ……」


「首の噛み跡から推測するに、随分大きな魔物を従えてそうだねぇ。魔石は魔物にとって甘味のようなものだと聞くけど、まさかその子のオヤツになったわけじゃないよね?」

「……すまん」


ガガンに来る前はピンポイントで翼竜の素材依頼が出されていることなど知らず、ゴブリンの耳と共にギルドで適当にまとめ売りする予定だった。そのためここへ来る途中、魔石はシルラの腹に収まったわけである。


ルークにしては珍しく、完全に逃げ道を塞がれてしまった。


「はぁ……。まぁBランク魔物の魔石はいくつかあるから今回はどうにかなるけど、本来であればクレームものだよ?」

「ぐうの音も出ん」


依頼失敗と思われたが……。


「一つお願いを聞いてくれたらサインしてあげてもいいよ」

「お願いとは……?」


アレクサンドラは破狼牙を指差した。

「その刀と外套、あと身に付けているアクセサリー型魔導具を調べさせて欲しい。一時間もかからないからさ。ね?」


ふと、別行動をしているオーロラ達の事が頭をよぎった。

(ま、一時間くらいなら大丈夫だろう。子供でもあるまいし。そもそもオーロラとシルラを前にして、まともに戦える奴なんていないか)


「わかった」

「よし、交渉成立だ。ほら、脱いで。全てを私にさらけ出してごらん」

「変な言い方をするな馬鹿」


ルークがアレクサンドラに捕まっている頃、オーロラはガガンの東側にある公園のベンチに座り、シルラを撫でていた。


「人探しって難しいのね……」ナデナデ

「わっふ」


二人はルークと別れた後、六星の一人であるSランク冒険者の情報を手に入れるべく、ギルド本部の受付嬢を尋ねた。すると、個人情報なので教えることはできないと言われた。それは確かにそうだと思い、次はギルド内に屯していた冒険者達に聞き込み調査を行った。だが、皆何の情報も持っていなかった。それどころかしつこくデートの誘いやクランの勧誘をされる始末。すこぶる居心地が悪かったため、半ば逃げるように東の公園へ避難したわけである。


溜め息を吐き途方に暮れていると……。

「そこの美しいお嬢さん」

「ん?」


声のした方に顔を向けると、そこには優しげな雰囲気を纏った紫髪の男が立っていた。

「何かお困りごとでも?」

「……今忙しいの。構わないでくれるかしら」

「まぁまぁ、そう言わずに。私はこう見えて顔が広くてね。もし人探しをしているのであれば、協力して差し上げますよ」


(なんでアタシが人探ししてる事を知っているのかしら……?それによく見たら目が笑ってない。まるで仮面を被ったような気色悪い微笑み。怪しいったらありゃしないわ)


「いいって言ってるでしょ。さっさとどこかにいってくれる?」


(ふふ、照れ屋さんめ。ツンデレってやつか?……なんと愛らしい)

「必ず力になりますから。さぁ、早くこちらへ」

といい、男がオーロラに手を伸ばした瞬間。


シルラの魔眼が発動した。

「!?」

(か、身体が動かない……。まさか、この犬の仕業か?)


オーロラも普段抑えている魔力を解放した。凍てつくような魔力の奔流が全身を駆け巡る。魔法を発動していないのにもかかわらず、その余波で周囲の気温が急激に下がっていき、地面や花壇、ベンチが凍りついた。


氷の魔女は白い息を吐きながら男を睨んだ。

「二度と話しかけないでくれる?もし今度近寄ってきたら、問答無用で氷漬けにするから……永遠に」

「!?!?!?!?」

(い、息ができない)


男の脳内は畏怖、焦燥、驚愕など様々な感情で埋め尽くされた。そして……最後に強烈な快感が彼を襲った。


オーロラはシルラを抱き、公園から出た。

出る際にシルラは魔眼を解除した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

残された男は凍った地面に膝と両手をつき、息を整える。


(まるで彼女に全てを支配されたような、そんな感覚。他人からこんな衝撃を受けたのは生まれて初めてだ……貴方はどこまでも私を狂わせる……)


「彼女の、あの、冷たい、目を、思い、出す、だけで……!!!」


男は両の手で己を抱き、天に咆哮を上げた。

「アァァァァァァァァァアァァァァアァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」


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