第45話:覚醒

 ルークとオーロラがゴブリン軍と戦っているのを、シルラは目を輝かせながら見守っていた。実はまだシルラは二人の本気の戦闘を見たことがなかったのだ。ルークの近距離戦はまだしも、オーロラの広範囲魔法に関しては度肝を抜かれた。まるで神の所業である。己の想像を遥かに超えた。二人が意気揚々と集落に入っていったのも納得である。


Dランクのボブゴブリンだけでなく、Cランクの兵士ソルジャー魔法使メイジいも、当たり前のように薙ぎ倒していく。Cランクといえば、以前遊び半分で自分を追いかけ回したグリムガンと同等である。そんな強敵さえ意に介さず猛攻を続ける二人に見惚れた。これからも誰にも邪魔されず、三人で生活することができると確信した。


木の陰から眺めること数十分。

ついにルークが集落の長であるBランクの将軍ジェネラルに接触した。将軍の背丈はルークの二倍以上で、錆びた大剣を背負っている。パワーもスピードも戦闘技術も、他のゴブリンとは一線を画すだろう。本来であれば何度も剣戟を交わした後、ルークが隙を見て首を落とすところだが、今回は違った。魔銃リボルバーという古代の魔導具を駆使し、一瞬でケリをつけた。こんなことができるのは彼の他に何人存在するのだろうか。と思わせるレベルの芸当である。


将軍の首が落ちたのと同時に、オーロラも雑魚を殲滅し終え、シルラはほっと息を吐いた。


その時。

遠くに聳える巨木が揺れ、"何か"が上空に飛び上がったのをシルラは見逃さなかった。


「わふ?」


"何か"はそのまま雲の上に姿を消した。

あれは一体なんだったのだろうと思い、コテンと首を傾げる。だがそんなことよりも、二人の勝利を祝福することの方が優先である。


シルラは簡易結界から飛び出し、その小さな足で二人の方へと向かう。

「ワン!」


走る最中なんとなく、さっき見た"何か"が気になり、ふと空を見上げると、雲から巨大な翼竜が出てきた。今度はしっかりとその姿を目に捉えることができた。

「!?」


竜は飛膜を畳み、ものすごい速さで落下している。落下地点は……ルーク。


それがわかった瞬間、自然と自分以外の時が止まったような錯覚に陥った。


まだ本人もオーロラも気が付いていない。それどころかスキルも武器も解除してしまっている。吠えて知らせようと思っても、おそらく自分の声が届く前に、竜が直撃してしまう。


シルラの予想通り、竜は音速を凌駕するスピードで落下している。


ではどうする。自分には何ができる。あの距離ではオーロラにも被害が及ぶかもしれない。どうすれば二人を救うことができる。親に捨てられた己を助け、拾い、愛してくれた彼等を失いたくない。もう二人は家族以上の家族。助けるためならば命を落としてもいい。今成長せずにいつ成長する?早くあの竜を始末しなければ。


憤怒しろ、吼えろ、暴れろ……覚醒しろ。


刹那、虹色の光がシルラの全身を包み込んだ。今まで体験したことのない不思議な感覚。身体の奥底から自然と力が湧いてくる。


願いは二人の救出……いや、あの竜を食い殺すこと。


そのために必要な力は"三つ"。

あの竜よりも大きく。

あの竜よりも速く。

そして……あの竜よりも強く。


虹色の光が収まり、シルラに三つのスキルが宿った。

そのスキルの名は〈巨大化〉、〈風魔法〉、〈魔眼〉。


シルラは全身に風を纏い、大地を駆ける。みるみる身体が大きくなっていき、いつの間にか翼竜をも凌ぐ巨躯に。高くジャンプし、青い魔眼で落下中の竜を睨む。


「!?」

翼竜は硬直し、ただ落下するだけの木偶と化した。反撃も防御も、方向転換もできない。ただただ己の死を待つのみ。


シルラは口を大きく開き、鋭い牙と強靭な顎で翼竜の首を噛み砕いた。

「グルルルル!!!!!!」


「ギャアァァァ!!!!!!!」

ワイバーンは苦しそうに断末魔を上げる。


そのまま二体はゴブリンの住居に突っ込み、派手に倒壊させた。

ドォン!!!


その際に竜は頭を強く打ちつけ、完全に命の灯火が消えた。首に噛みついたまま瓦礫を押しのけ、立ち上がる。口の中に血の味が広がる。だがまだ離さない。許さない。


砂埃が晴れた。

巨大な四本の足で大地を踏みしめ、群青の魔眼を光らせる。漆黒の毛が風で凛々しく逆立つ。その威圧感、風格、覇気。まるで破壊の神が地上に降臨したかのよう。


その魔物の名は"破狼"。

かつて大陸全土で暴れ回り、いくつもの国を滅ぼした、正真正銘の怪物。また古い文献にはこう書かれている。当時人々はその破狼をこう呼んだ。"魔物の王"……と。



「シ、シルラなのか……?」

「シルラ……なのよね?」

「…………」

そう問われ、黒狼は咥えていたワイバーンを放り投げた。





「わふ」

破狼、魔物の王……またの名をシルラ。

ルークの大事な大事な家族である。

ちなみに食いしん坊でお風呂が苦手。



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