閑話:とある男の一日
リンガード帝国皇帝ノア・フォン・リンガード、通称”賢龍帝”。彼女の計画により共和国・公国・帝国の三ヵ国で結成された反乱軍は直ちにグレイス王国を攻め滅ぼした。第三王子という替えの利かない矛を自ら投げ捨ててしまった王国は、成すすべも無かったのだ。そしてバルク大陸を支配していた五強のうちの一国が滅びたという情報は瞬く間に広まり、大陸全土を震撼させた。
王国の重い鎖から外されたエルレイズ共和国は、協力してくれた帝国に感謝し、またその実力に感銘を受け、公国と同様帝国の庇護下に入った。ある程度の献金義務は発生するものの、リンガードという四強筆頭の看板を背負えると思えば安いものだ。そもそも王国に搾取されていた頃と比べれば、こんなの屁でもないだろう。帝国にとっても大陸制覇に一歩近づけるので、互いにWINWINである。
バルクの歴史を大きく動かした戦争から数ヵ月後。
とある男が帝都(帝国の首都)内を散策していた。
「うわっ、犬の糞を踏んでしまいました。朝から幸先が悪いですね……」
男は苦笑いをしながら靴を地面にグリグリと擦り付ける。
彼の名はランスロット。グレイス王国の元騎士団長である。
かつて王国最強と謳われ、各国に名を轟かせた彼だが、今は一人の旅人として大陸中をウロチョロしていた。
(そろそろ就職しなければ、ルーク様に笑われてしまいますねぇ)
ちなみにランスロットはルークの親友でもある。
要塞都市防衛戦の際、ルークとランスロットはド派手に剣を交わらせた。激闘の結果ルークが勝利を収めたわけだが、彼はわざとトドメを刺さなかった。要するにランスロットは間接的にルークに命を救われたのである。
ランスロットが所持する最上級スキル〈身体能力超向上〉には傷の回復を早める効果もあったりする。もちろんルークはそれを知っていたため、胸を死なない程度に斬りつけた後、何もせずにその場から離脱したのだ。
その日の深夜に目覚めたランスロットはボロボロの身体を引きずりながら、共和国にある隠れ家へと向かった。国境からほど近い場所で長年活動していた彼は、時々潜入調査を行っていたのだが、隠れ家はその際に利用していたものである。
隠れ家にはあらかじめ食料や衣類、武器や金銭などが備蓄してあったため、ランスロットはすぐに移動を開始できた。運が良いのか悪いのか、彼には残された家族など存在せず、部下も全員死んでしまったため、足は比較的軽かった。
現在ランスロットは腰に愛剣を下げているものの、ラフな格好で過ごしているため、元王国騎士団長だとバレることは無い。というか巷では普通に死んだことにされている。
ランスロットはカフェに入り、端っこのテーブルに着席した。
メニューとにらめっこをしていると、すぐに若い女性店員が声を掛けてきた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
(カッコいいお兄さん。超どタイプ。朝から感謝)
「えーっと……この珈琲と朝採れトマトのサンドイッチを下さい」
「承知しました」
(性格ヨシ。声もヨシ。好みもヨシ)
食事は十分も経たない内に運ばれてきた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
(あれ、なんかメニューの絵より大分量が多い気がしますが……まぁ良いでしょう)
本来であれば優雅に珈琲から嗜みたいところだが、いかんせん空腹なため、すぐ目の前のサンドイッチにかぶりついた。
(ふむ!やはり帝国料理は絶品ですねぇ!)
モグモグモグモグ。
みずみずしいトマトの甘さと食感を楽しんだ後、ようやく珈琲を口に運ぶ。
一息つきながら、ふと壁のポスターに視線を移すと。
〖現在、帝国騎士学院の講師を募集中!!!〗
〖スキル年齢経歴不問。必要とされるは剣の腕のみ〗
(剣術講師として第二キャリアをスタートさせるのも悪くないですねぇ……)
その時、隣のテーブルから声が聞こえた。
「君、講師に興味はあるかね?」
「!?」
急に知らない老人に話掛けられたため焦ってしまったが、落ち着いて返答する。
「興味が無いと言えば嘘になります。それよりも貴方は……?」
「ああ、紹介が遅れてすまない。私は現在帝国騎士学院の理事長を任せられている者だ」
「これは、また……」
(なんという偶然でしょうか)
理事長を名乗る老人は、ランスロットの全身を一瞥する。
「視線の動かし方、重心の置き方、魔力の抑え方、手にできた剣こぶ、闘気、業物、そして……」
ランスロットの目の奥を凝視した。
「確固たる信念。その全てが別格」
「一目でわかるものなんですか?」
「ああ、もちろんわかるとも」
「そうですか……」
老人は立ち上がった。
「どうだい。私に付いて来ないか?見学だけでもいい」
ランスロットは瞳を閉じた。
(これも何かの巡り合わせですね。ふふふ)
「ええ、是非」
その後、帝国騎士学園に並外れた実力を持つ新任講師が現れ、不良生徒達をフルボッコにしたとか、しないとか……。
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