第26話:グリムガン

 

「ここからが本番だよ!気を引き締めてね!」

「おう」

「はーい」

 

馬車は深い森を抜け、山道に入った。森の中で一度休憩を取ったので、現在は山の安全ポイント目掛け走っている。今日の目標は無事そこに到達する事だ。


道中チラホラ低ランク魔物が襲い掛かって来たが、全てオーロラの氷魔法で討伐した。今回は護衛依頼なので、討伐した魔物の素材は特に回収しない。

本来の目的である”依頼者の護送”を見誤ってはいけないのだ。

もちろん、時と場合によっては馬車を止めることもあるが、それは基本的に依頼者が判断すること。


カリナはずっと唸っていた。

「いやぁ~、すごいねぇ~。圧巻だったねぇ~」

(ルーク君がオーロラさんの魔法はすごいって言ってたけど、想像を遥かに超えてくるとは思いもしなかったよ。これでDランクなんだから、世の中わからないモノだね)


オーロラは氷剣を数本飛ばしただけなのだが、一商人のカリナにとっては少々刺激が強かったようだ。


馬車を走らせること約三十分、ちょうど馬に疲労が見え始めた頃。

三十メートル先の林道に一匹の魔物が飛び出してきた。

「二人共、また魔物が出たよ!一旦馬車を止めるから対処をお願い!」


「たまには俺が出よう」

「じゃあよろしく~」


ルークは器用に馬車の上へ飛び乗り、破狼牙を抜刀する。

十メートル手前で馬車が停止した。


「ん?」

ルークが目を細め確認すると、山道の真ん中で黒い狼が蹲っていた。

大きさは小型犬程度で、よく見れば身体がボロボロな上、若干血も流れている。


(別に敵対しているわけでも無い弱者を問答無用で狩るのは少し嫌だな)

ルークは一度刀を鞘に戻し、馬車から降りた。


「あの子、他の魔物から逃げて来たのかな?」

「その可能性が高い。どうしたものか……」


いつの間にかオーロラも馬車から出て、心配そうに見つめていた。

「なんか可哀そうね……あのワンちゃん」

「犬というか、狼だけどな」

「このまま放置したら他の魔物に襲われちゃいそうだし、一応助けてあげましょうよ」

「じゃあそうするか。回復のポーションは腐るほどあるしな」


その時、林の奥から赤い人型魔物が現れ、狼に襲い掛かろうとした。

大きな手を振りかざし、上から叩き潰そうとしている。

「グルルル!!!」


オーロラは叫ぶ。

「ルーク!!!!!」

オーロラの声が耳を通った瞬間、ルークの脳内は弾けた。

無意識に〈アクセル〉を起動させ、世界の秒針を著しく遅らせた。


思考が加速し、瞬時に最適解を導き出す。

(あれはCランクのグリムガン。怪力が売りの人型魔物だな。狼と奴の距離は二メートル弱。破狼牙を再び抜刀する暇は無い。蹴りで急所を狙い、一撃で仕留める)


ルークは強く踏み込み、グリムガンまで一直線に跳ぶ。

地面に小さなクレーターができる程の力である。

常人には目に留めることは愚か、認識することすら不可能。

紫電の如く宙を駆け抜ける。

加速すれば加速するほど、威力も上昇する。

そして……。


ルークはグリムガンの首に強烈な蹴りを放った。

「!?!?!?」

バギッ!!!


標的の首はへし折れ、痛みを感じる間もなく命を落とした。

またその勢いは止まることなく身体は吹き飛び、奥の木に激突した。

派手な衝撃音が林に響き、驚いた鳥が一斉に空へと飛び立った。


ルークは華麗に着地した。

「悪いな、嫁の頼みなんだ。死んでくれ」

「そういうのは普通、命を奪う前に宣言するのよ」


オーロラの鋭い突っ込みが決まった所で、カリナは口をあんぐりと開けた。

「い、一体何が起こったんだい……?」

「まぁ気にするな」

「とりあえずワンちゃんに回復薬を掛けてあげましょ」


二人にとってはいつものことなので、特に戦闘後の余韻に浸ることも無く、せっせと治療に入った。

小さな黒狼は急な出来事に理解が追い付かなかった。

また怪しい人間達が怪しいポーションを持って近づいてくるが、逃げる力も残っていない。


耳を下げ、不安そうな声を上げる。

「クーン……」

「はいはい。ジッとしててね~」

「大人しく治療されておけ。まだチビ助なんだから」


まずは流水石で傷口を洗い流し、そこにポーションを掛ける。

「グリムガンに追いかけられていたのか」

「可哀そうに。怖かったでしょ?もう大丈夫だからね」


すると、みるみる傷口が塞がっていき、身体の調子も良くなった。

まさか治療をしてもらえると思っていなかった狼は感謝を述べ、尻尾をブンブンと振り回した。

「ワン!」

「か、可愛い///」

「ふむ……理性の籠ったいい目をしている。相当賢いんだろうな」


カリナも正気を取り戻し、近づいて来た。

「狼系魔物の子供か~。君、親はいるのかい?」


と何となく聞いてみると、狼は首を横に振った。

「え、言葉が分かるのかい!?」


ルークは饒舌に語り出した。

「そういえば高ランク魔物の中には、声に含まれる魔力の波長を読み取り、言葉を理解する個体がいると聞いたことがある」

「でもこの子、特に高ランク魔物っていう風には見えないけど……アンタ知ってる?魔物オタクさん」

「俺は今まで数多くの図鑑や書籍を読み漁ってきたが、黒い狼の魔物なんて見たことないな。シルバーウルフ(Dランク)の亜種なんじゃないか?」

「あ~、亜種ね。それなら説明付くかも」


この世界の魔物には極稀に亜種と呼ばれる個体が生まれる。

亜種は能力や体色が異なったり、かなり賢かったりと、違いはその個体によって様々である。

また基本的に亜種は通常のものより、ランクが一つ又は二つ上がる。


「本当にシルバーウルフの亜種なら、CかBランクだな」

「旅のお供にピッタリね!」

「ってなわけで、一緒に来るか?」

「!?」


狼は少し考えた後、オーロラの胸に向かってジャンプし、受け止められた。

「ワン!!!」

「か、可愛いわね……」

「ほほう。撫で心地はSランクだな」

「いいな~。僕にも撫でさせて~」


黒狼は三人に撫で回された。

その後馬車に戻り、目的地に向かって移動を再開した。


狼はオーロラにギュッと抱きしめられている。

念願の可愛い従魔なので、しばらくは離さないだろう。

「この子の名前どうしようかしら」

「ジャスティスはどうだ?」

「いやよ、そんなの……」

「クーン……」


ネーミングセンスが壊滅的なルークであった。







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