第13話:時の神クロノス

 ランスロットは侯爵家騎士団長の首を飛ばした。

「その程度の力で私を止めようなど、百年早い」


前哨戦はバルミリアン側の勝利。

ランスロットが相手の副将を討ち取ったという事実は銀龍騎士団に伝播する。

その勢いのまま正面衝突した。


反乱軍四千に対し、銀龍騎士団は一千。

数には圧倒的な差があるが、反乱軍は三か国で構成された即席軍。

それに比べ、銀龍騎士団は鍛え抜かれたエリート集団だ。

さらに防衛側なので全員が『国を守る』という志を掲げており、士気も非常に高い。

また何といっても……。


「騎士団長様に続けぇぇぇ!!!」

「ランスロット様の道を開けぬか!この下郎共が!」

「銀龍を舐めるなよ!!!」


王国最強の騎士ランスロットが先頭を走っている。


「ひぃぃぃ」

「たった千騎しかいないのに、なぜ……」

「なんで全然止まらねぇんだよ!」


戦争とは基本的に質より量が重要視されるもの。

しかし、ごく稀に質が量を凌駕する時がある。


銀龍騎士団は一本の矢と化し、敵軍の中を突き進む。


ヴィクターは叫んだ。

「両端からすり潰せ!!!」


共和国軍と公国軍が左右から攻撃を仕掛ける。

「くそっ!近づけねぇ!」

「速すぎる!」


だが勢いは落とせない。

バルミリアンの大平原で育った軍馬は、体格も速さも他とは一線を画すのである。


ヴィクターの周囲では三軍が入り乱れているため、ルークとオーロラは騎馬の波に流され、護衛対象から大分離されてしまった。


「ヤバいな」

「ヤバいわね」


あれほど離れていたヴィクターとランスロットの距離は徐々に縮まっていき、今では互いの顔を確認できるほどの近さまで迫っていた。


「僕の周りに牙城を形成しろ!一度止めれば数でひっくり返せる!」

「「「「「了解!」」」」」


「皆さん、あの男を討てば我々の勝利です!私に命を捧げなさい!」

「「「「「はっ!!!」」」」」


ここにきて、銀龍騎士団の勢いが増した。

ヴィクターは焦る。

(このままではマズい……)


彼は頭脳明晰な文官タイプなので、決して腕っぷしが強いわけでは無い。

そのため、ランスロットと相対すれば間違いなく敗北してしまうのだ。


「早く止めろ!!!」

(この化け物め……!)


両者の距離があと二十メートル……十メートル……五メートル……三メートル……一メートル……。


ランスロットは長剣を振りかぶる。

「はぁぁぁぁ!!!!!」

(取った!!!)


ヴィクターに銀の刃が迫る

「くっ……!」


戦場にいた誰もが銀龍騎士団の勝利を確信した、その瞬間。


世界の秒針が静かに停止した。


カチ……カチ……カチ……カチ……


ここは全てが停止したモノクロの世界。

"時の神クロノス"が司る領域。

その世界の中に、たった一人だけクロノスのユルしを得たものがいた。


法則を無視し、理を強引に捻じ曲げる権能。

またの名を最下級スキル〈アクセル〉。

それを持ち合わせた……否、それに選ばれた異端児。


ルークはオーロラの腕に触れた。

「頼む」

「任せて」


オーロラは杖を翳し、地面を凍結させ、氷道を造り出した。

パキパキパキ。


ルークは軍馬から飛び降り、地を蹴った。

目的地までの一本道を、何よりも速く駆け抜ける。

一瞬で二人の間に滑り込んだ。

そして……。


ガキィィィィィィン!!!!!


王国最強の剣を受け止めた。

その鋭い衝撃音は平原全体に響き渡る。


「ル、ルーク殿下……!?」

「よぉ、ランスロット。久しぶりだな」


鍔迫り合いのまま、視線を合わせる。

「どうしてここに?」

「さぁな」


火花がルークの頬を掠めた。

ランスロットを強引に軍馬から落とす。

「落ちろ」

「くっ!」


ランスロットが着地している間に、背後に声を掛ける。

「ヴィクター。後ろに下がってろ」

「う、うん」


銀龍騎士団の者達はルークの顔を知っていたので、かなり困惑している。

「ルーク様だ」

「最下級スキルを授かり追放されたはずでは?」

「だが団長の剣を受け止めていたぞ」

「一瞬で現れたように見えたのだが……」

「まさか王国を裏切ったのか?」


様々な憶測が飛び交っている中、二人は無言で睨み合っていた。

同時に全身から闘気を放ち、ぶつけ合う。

大気が震え、大地が揺れる。

その威圧感を表すならば、黒龍と銀龍。

両雄の圧にあてられた騎兵達は少しずつ後退していき、自然と戦いの場が用意された。


「時間が無いから単刀直入に言わせてもらう。このあと俺は反乱軍と共に王都を落としに行く。お前がこちら側へ来るなら受け入れる」

「……」

「さぁ、どうする。我が盟友ランスロット」


ルークは手を差し伸べた。

早くこちらへ来いと言わんばかりに。


ランスロットは手をギュッと握り、苦渋の表情をみせた。

「わ、私は……私は……」

「……」


無意識に一歩踏み出そうとした時、彼の脳裏に、今まで関わってきた王国民達の顔が過った。

そして、両目をカッと開いた。

常人であれば気を失うほどの迫力である。


はっきりとした言葉で言い放つ。

「貴方を殺して、王国を護ります」

「……そうか」


ルークは残念そうな顔をする……のではなく、ニヤリと笑った。

(それでこそランスロットだ。お前は絶対に私情を挟むことは無い。だからこそ信頼できる。もし俺の手を取っていたら逆に幻滅していたぞ)


「じゃあ死んでくれ」

「それはこちらのセリフですよ」


再び両者の剣が交差した。


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