第11話:要塞都市

 ルークとオーロラはシュヴァルツ侯爵に実力を買われ、大将を務める彼の懐刀として戦争に参加することとなった。

普通は侯爵家騎士団長が脇を固めるものだが、今回騎士団長が最前線で矛を振るい、大将は後方に構える陣形なので、二人がその代替役を引き受ける。


翌朝、反乱軍は日が昇る前にコルウィルを出立した。


現在二人は幹部専用馬車の端っこに座り、小声で会話している。

「せっかくグレイス王国から脱出したのに、三日後には後戻りすることになるなんて。ちょっと複雑な気持ち」

「でもこの軍が国境を越えれば、王国は俺の捜索どころじゃなくなるからな。大丈夫だろ」

「そうだけど……」


ルークとオーロラは昨晩、ヴィクターから諸々の作戦を聞いた。


反乱軍の規模は北軍二万、西軍一万、東軍一万の計四万。

二人が参加するのは侯爵率いる北軍である。

西軍と東軍はその名の通り、それぞれ王国の西側と東側から攻め込むので、コルウィル周辺にはいない。


今までは情報封鎖のため慎重に移動していたが、ここからは時間勝負である。

とは言ったものの、国境を越えてから一直線で王都に行けるわけでは無い。

途中の都市を全て陥落させてから王都に攻め込むため、進軍にはかなり時間が掛かる。


王国の北側国境には要塞都市バルミリアンがある。

北軍は国境を越えた後、まずはここを落とさなければならない。

いくらグレイスの王族と言えど、このバルミリアンが防衛の最重要ポイントだという事くらいは理解している。

そのため、この要塞に“とある人物”を常駐させている。


その人物の名はランスロット。

グレイス王国騎士団の団長を務めている男である。

王国民に『大陸最強は誰だ』と尋ねれば、全員が口を揃えて『王国騎士団長』と答えるだろう。

それほどの人気と実力を兼ね備えた彼は、数少ないルークの友人でもある。


ルークはランスロットの顔を思い浮かべた。

(一月前まで背を預け合っていた友が、今は最大の敵として君臨しているとは……)


「くっくっく」

「どうしたの?」

「先ほどオーロラが“複雑な気持ち”と言っていただろう?今納得した」

「ふーん」


(今の俺には最強の嫁が付いている。気楽に行こう)


順調に行軍し、その日の午後には国境を越えた。



大平原の中心に位置しているバルミリアンは都市全体が要塞化しており、大陸屈指の防衛力を誇る。

巨大要塞の上からは平原全体を見渡すことができるため、監視兵達は反乱軍の影をすぐに捉えた。


「おい、大軍が攻めて来たぞ!!!」

「都市全体に警告の鐘を鳴らせぇ!!!」

ゴーン。ゴーン。ゴーン。


平和で落ち着いていた都市内は鐘音と共に慌ただしくなり、都市外に広がる麦畑を耕していた農民たちも一斉に門へと向かい始めた。


一分もしない内に、ランスロットが現れた。

「状況を簡潔に説明しなさい」

「はっ。現在平原北側からこの都市へ、所属不明の軍が侵攻中です」

「ふむ。この距離ではまだハッキリと確認はできませんが、恐らく共和国・公国・帝国の連合軍でしょう。いや、共和国が参加しているので反乱軍と言った方が正しいですね」


(この手際の良さ、高度な情報封鎖……。これを可能とする人間は私の知る限り二人しか存在しません)


ランスロットは呟いた。

「ルーク様か……賢龍帝。今回は後者でしょうねぇ」


賢龍帝という名を聞き、兵士達はゴクリと生唾を呑んだ。

「「「「「……」」」」」


「王都に早馬を送りますか?」

「はい。でも援軍要請は必要ありません」

「そ、それは一体なぜでしょうか……」



時を数年遡る。

ある日の夜、ランスロットとルークは卓上で駒を動かしながら防衛戦のシミュレーションをしていた。


『反乱軍が攻めてきたら、まずは援軍要請の早馬を送りましょう。最悪、王都からの援軍が到着するまで耐えれば勝ちです』

『ダメだ』

『理由をお伺いしても?』


『賢龍帝なら軍を北・西・東側の三つに分けてくる。他の二軍が王都まで侵攻する可能性を捨てきれない以上、要塞都市に援軍を呼ぶことはできない。逆に言えば、それが奴の狙いだ』

『なるほど……』


『そもそもお前はあの性悪クソジジイを信用しすぎだ。どうせアイツは援軍なんて送ってこない。それどころか、すぐにここを見捨てて王都をガッチリ固め始めるぞ』

『殿下、不敬罪で捕まりますよ』


『要するにバルミリアンは今の戦力で敵軍を殲滅するしかない。というか、そのためにお前がここにいるんだろう、ランスロット』

『そうですけど……』

『まぁここが窮地に陥る前に、俺が王都からコッソリ助け舟を出してやるから安心しろ』

『その言葉以上に安心できるモノは無いですよ、本当に』



「反乱軍はきっと王国の西側と東側からも侵攻しています。我等だけ特別に援軍を送ってもらうことはできません」

「も、申し訳ございません!目先の戦いにとらわれておりました」

と言い、兵は指示を出しに行った。


ランスロットは、不安な表情をしている兵士達に声を掛ける。

「大丈夫ですよ。ここは大陸で最も防衛力が高い都市、バルミリアンですから。それにこの私、ランスロットが付いています。これで負ける方が難しいくらいです」

「「「「「「……!」」」」」」


「開戦までにこちらの準備を整えます。各々持ち場へ戻りなさい」

「「「「「「はっ!!!」」」」」」


ランスロットは平原を堂々と進む反乱軍を見て、呟いた。

「ルーク殿下。貴方がいれば、どんなに心強かったことか……」


“ルークが王都にいる”という事が、どれだけありがたいことだったのか、どれだけ心の支えになっていたのか。

実際にいなくなって初めて理解できる。


(今どこで何をされているのかは知りませんが、最後に顔くらいは見せて欲しかったですね……)


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