第10話:冒険者登録
夕暮れ時、コルウィルの大通りは大勢の兵士達によって埋め尽くされていた。
街全体に殺伐とした雰囲気が漂っている。
街民はその空気に呑まれ、皆家に籠っていた。
ルークとオーロラは、はぐれぬよう手を繋ぎながら冒険者ギルドへ向かっている。
現在二人は共和国軍の中をかき分け進んでいた。
兵士達との距離が近いので、嫌でも彼等の会話が耳に入る。
「先ほど大将が到着なさったらしい」
「ではついに明日開戦か」
「糞王国には今まで散々搾り取られてきた。たとえこれが不意打ちだとしても、決して手加減はしない」
「ああ。今度は俺達の番だ」
オーロラは小声で言った。
「この感じだと、王国はすぐに落ちそうね」
「いや、そんなことは無いと思うぞ。一応五強に数えられるくらいの軍事力は持っているからな。戦争はそこまで甘くない」
「あら。アンタが王国の肩を持つなんて珍しいわね」
「非常に不本意だが、事実だからしょうがない」
「ルークも軍部に手を加えていたの?」
「ああ。騎士団長とは仲が良かったから、結構俺の声を聞き入れて貰っていたんだ。もちろん今回のように、反乱軍に不意打ちのような形で攻められた時の作戦も、団長と二人で練った」
「じゃあその作戦とやらが破棄されていなければ、アンタがいなくても多少は踏ん張れそうね」
「だな」
冒険者ギルドの建物には必ず、剣と剣を交差させた紋章が掲げられているので、遠くからでも比較的発見しやすい。
二人は無事ギルドに到着した。
扉を開け中に足を踏み入れると、冒険者達の視線が集中した。
特にガラの悪そうな三人組がジロジロと見てくる。
「ここらじゃ見ねぇ顔だな」
「チッ。まだガキの癖に良い女を連れやがって……」
「いっちょわからせてやるかぁ?」
三人はテーブルから立ち上がり、卑しい笑みを浮かべながら近づいて来た。
真ん中の大男がルークに声を掛ける。
「おい、銀髪の坊主。ちょいとその女貸せや。お前みたいなガキにはまだ早……」
瞬間、ルークの纏う雰囲気が一変した。
漆黒の瞳からハイライトが消え、その奥底から深淵が顔を覗かせる。
ルークの全身から凍てつくような殺気が溢れ出し、三人組に襲い掛かる。
大男は圧に耐え切れず、尻もちをついた。
額に冷や汗を垂らしながら、ガタガタと震える。
「いや……あの……」
後ろの二人は硬直し、声すら出せない。
「「……」」
ルークはここでようやく口を開いた。
「殺されたいのか?」
そして漆黒の瞳でギロリと睨む。
三人は泡を吹き倒れた。
ギルド内はシーンと静まり返った。
ルークの圧にあてられ、誰も言葉を発せない。
唯一オーロラだけは誇らしげな表情をしている。
その時、どこからか拍手が上がった。
同時にギルドの奥から二人の男が出て来た。
音を発しているのは、そのうちの一人である。
「凄いね、君。まるで龍のような威圧感だ。本当に人間かい?」
「……誰だ?」
「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね」
男は一息置いた。
「僕の名はヴィクター・シュヴァルツ。シュヴァルツ侯爵家の現当主さ」
「シュヴァルツ……確か帝国の大貴族だったな」
シュヴァルツ侯爵家はリンガード帝国南部を治める、帝国屈指の貴族家である。
「お~。良く知っているね~」
「反乱軍の大将がこんなところで何をしているんだ?」
ヴィクターは目を見開き驚いた。
「歴戦の冒険者をひと睨みで沈めるだけでなく、頭の回転も速いとは……。ますます君の事が欲しくなったよ」
「すまんが男には興味が無いんだ。もう嫁もいるしな」
と言い、オーロラをギュッと抱き寄せる。
彼女は頬を紅潮させた。
(……!)
「違う違う。そういう意味じゃなくて」
「まさか……戦争に参加しろと?」
「御名答」
ヴィクターはニコリと微笑んだ。
「報酬は弾むよ?」
「生憎金には困ってない」
「なるほど。そうきたか~」
「今日は何をしにここへ?」
「冒険者登録をしに来た」
「え、それは本当かい?」
「ああ」
「てっきり高ランク冒険者かと思っていたよ……」
ヴィクターは少し考え込む。
そして隣の男に視線を合わせた。
「確か冒険者ギルドには飛び級制度があったよね?」
「私が許可を降ろせば可能です」
「最高どのくらい飛ばせる?」
「支部長権限では二ランクが限界ですね」
「ではFランク冒険者の場合、君が一言添えればDランクに上がれるわけだ」
「はい」
ヴィクターは視線を元に戻した。
「これでどうだい?もちろん、お嫁さんのランクも一緒に上げるし報酬金も弾むよ」
「ふむ……」
ルークは腕の中にいるオーロラに小声で問う。
「どうする?」
「アタシは侯爵様の案に大賛成よ。依頼を受けるべきだわ」
「わかった」
オーロラは愛するルークが王国中で笑い者にされたことが今でも許せないため、二人で戦争に参加し、直接やり返したいのである。
(正直な話、報酬については別にどうでもいいのよね。子供みたいな考えだけど、これだけは譲れないわ)
「受けよう」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ!!!」
ルークとオーロラは王国軍対反乱軍の戦争に参加することになった。
「いろいろ説明したいことがあるから、今日は同じ宿屋に宿泊して貰うよ?」
「ちょうど泊まる場所を探していたところだ。助かる」
「一番良い部屋を手配するからね~」
ルークとオーロラは冒険者登録を済ませ、シュヴァルツ侯爵と共に件の宿屋へ向かった。
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