第9話:賢龍帝

 今二人が目指している街はコルウィルという。

街と名乗っているものの、規模としては街と都市の中間くらいで、かなり大きい。


「あれがコルウィルか」

「ええ。でも想像以上に大きいわね。立派な防御壁に囲まれてる」

「言っちゃなんだが、昨日の街とは大違いだな」


二人が初夜を過ごした街は、周囲に鉄柵が張り巡らせてあっただけなので、ルークは今回も同様の規模だと考えていたのである。


「ここからは何も見えないが……なんか雰囲気が重くないか?」

「アタシも今同じこと考えてた。活気が無いというか、なんというか……」

「とりあえず行ってみるか」

「そうね」


コルウィルの南門に到着すると、門番に声を掛けられた。

「何をしに来た?」

「観光と冒険者登録に」

「身分を証明できる物を持っているか?」

「持っていない」


「では入場料として一人につき銀貨一枚を払ってもらう」

ルークは門番に銀貨を二枚渡した。


「今日は何かイベントでもあるのか?」

「まさか何も知らずにここへ来たのか?」

「ああ」

「そうだったのか。まぁ入ってみればわかる」


門が開いた。

「ようこそ。辺境の街コルウィルへ」


二人は街に足を踏み入れた。

「「……え?」」


コルウィルは南門から北門に掛けて、大通りが縦断している。

その通りは大勢の兵士で埋め尽くされていた。

また彼等は三つの巨大な旗を掲げている。


オーロラは呟いた。

「共和国軍だけじゃないわ。公国軍に帝国軍まで……」

「全軍合わせて二万人以上はいるな」


ルークは王子として幾度か戦線に赴いたことがあるので、パッと見れば大まかな人数を把握できる。

内訳としては共和国軍五千、公国軍五千、帝国軍一万。

コルウィルがいくら大きいと言えど、彼等全員を入れられる建物など存在しない。

しいて言えば幹部や隊長クラスが高級宿屋に泊まるくらいだろう。


「だけど……」

「問題はそこじゃない」


ルークはいつか戦線が崩壊し、帝国が指揮する反乱軍が王国の国境まで雪崩れ込んでくるだろうと予想していた。

彼の予想よりもかなり早かったわけだが、真の問題はそこではない。


その問題とは……。


「俺達より後ろにいる人々は誰一人として気が付いていない」


ちなみに草原に冒険者達がいなかったのも反乱軍の指示である。


「優秀な軍師は情報封鎖が上手いと聞くけど、これは異常よね」

「ああ。国境付近まで二万の大軍が接近しているにもかかわらず、王国どころか共和国の人間でさえ、それに気付いてない」


(一軍師にできる規模の情報封鎖ではない。これはもっと上の人間が指示したはずだ。例えば……皇帝とか)


現皇帝ノア・フォン・リンガード。

通称“賢龍帝”。

その神算鬼謀により数多の国を翻弄してきた、帝国史上最高との呼び声が高い女帝である。


ノアが皇位を継いでからというもの、帝国は瞬く間に五強のトップに躍り出た。

ルークの頭脳を以てしても捉えられない鬼才。

それが賢龍帝ノア・フォン・リンガードである。


「くっくっく。ついに動き出したか……帝国の怪物が……」

「それってもしかして賢龍帝のこと?」

「ああ。奴であれば、このくらい当たり前のようにやってのける」


「凄いのね。皇帝さん」

「この大陸で一番敵に回したくない相手だ」

(過去に何度苦汁を嘗めさせられたことか……)


ここで立ち止まっていても仕方が無いので、二人は予定通り冒険者ギルドへ向かう事にした。

甲冑姿の兵士や騎馬の間をすり抜けながら、ギルドを目指す。


「ねぇ。皇帝で思い出したんだけど、グレイス王が放った追手はもう追って来ないの?」

「俺の予想では連中は未だ国内を探し回っているはずだ。あの馬鹿王はなぜか、昔から部隊を増援するのを嫌うからな」


「できる限り自分の手元に置いておきたいのね。ある意味、用心深いのかしら」

「そうかも知れん」


「余談だが、俺は王子の時に『対帝国戦線に王国軍の中隊を一つ駐在させろ』と進言した。当時は数名の指揮官といくつかの小隊しか送っていなかったからな。だが即座に却下された」

「なんて言われたの?」


「『あの戦線が崩壊しても、王国の国境に再び張り直せばいい。我が王国軍を舐めるなよ』と。要するに“共和国のことなんてどうでもいい”ということだ」

「あちゃー。それは共和国も寝返るわよねぇ」


その結果、崩壊した際に王国軍の少ない兵士達は直ちに皆殺しにされ、今もなお、何の情報も送られていないのである。

一応ルークは自陣の密偵を数名潜り込ませていたのだが、貴族達は彼の追放と共に引き上げさせたので今の状況に陥っている。

あの賢龍帝がこの隙を見逃すハズもなく……。


「だから全力で叩きに来ているのだろう」

「噂通り抜け目が無いわね」


実は賢龍帝は過去に何度も王国を落とそうと計画を練った。


だがその都度、"何者か"が暗躍し、それを阻止し続けていたのである。



その頃、リンガード帝国の帝都に聳える巨大な城の一室では。

賢龍帝は大陸を模した卓上で、駒を動かしていた。


「ふむ……」

「ノア陛下。何やら難しい顔をされていますが、どうかなさいましたか?」

「最近の王国は酷く脆い。その原因について少し考えていた」


「なるほど。王国と言えば、最近第三王子が廃嫡されましたね。間者からの情報によれば“最下級スキル”を習得した事が原因のようです」

「王国に隙が見え始めた時期と丁度重なるな」

「はい」


「やはりお前が王国の支柱だったのか……ルーク・アン・グレイス」

「王国はもったいない事をしましたね。戦いの最中に自ら剣を投げ捨てるとは」

「まったくだ」


賢龍帝は溜息を吐いた。

「それにしてもつまらんな。以前と違い、王国は何の対策も打ってこない。これでは一方的に殴っているだけだ。まるで余が弱い者虐めをしているようではないか」

「ふふふ。陛下は昔から王国との駆け引きを楽しんでおられましたからね」


「奴をどうにかして我が帝国に仕官させられないだろうか。さすれば余の悲願である大陸制覇に大きく一歩近づけるのだが」

「お言葉ですが、その可能性は限りなく低いかと。元王子は貴方様とやり合える実力を持っています。どんなスキルを獲得したのかは不明ですが、彼の居場所を捕捉するのは困難だと思われます。砂漠で一粒の砂を見つける方が幾分か楽でしょうね」


「また世に出てくることを願うしかないか」

「はい。焦らず待ち続けましょう」




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