第8話:最下級スキル〈アクセル〉

 ルークとオーロラは草原の端まで移動した。目の前には森がある。

「冒険者が一人もいないのはラッキーよね」

「ああ」


宿屋の受付嬢曰く、この草原は普段冒険者達の狩場になっている。

特にE~Fランクの食用魔物の生息地として有名で、特に初心者冒険者達に人気である。

しかし今日はどういうわけか、冒険者達の姿が見当たらなかった。

(気のせいか?それとも……)


二人は外套を脱ぎ、岩の上に置いた。

「そういえば氷魔法って何ができるんだ?」

「基本的に何でもできるわよ。物体を凍らせることもできるし、氷を生成して飛ばすこともできるわ」

「万能型ってわけか。早速見せてくれ」

「ええ」


オーロラは魔法杖を持ち、魔力を流した。

「!?」

(この杖……すごい!!!)


「氷剣」

巨大な氷剣を森に向かって放つ。


その剣は手前の木に直撃。

バキィ!

しかし砕けず、そのまま直進し何本もの木を破壊し続けた。

バキバキバキバキ!!!


そして、森の中に綺麗な一本道が出来上がった。

「「……」」


「これが最上級スキルか。少し舐めていたのかもしれん」

「ちょ、ちょっと待って。アタシもこんな威力の『氷剣』を撃てたのは初めてなんだけど……」

「知らぬ間にポテンシャルが開花したということか?」

「いいえ。この杖の性能が良すぎるのよ」

「ほう。王城の宝物庫出身なだけはあるな」


オーロラはその後も様々な魔法を披露した。

「ふぅ。ざっとこんなものね」

「見事だ。さすがは俺の嫁」

「もっと褒めてくれてもいいわよ」


「よっ。氷の魔女、美女エルフ、むっつりスケベ」

「なっ!最後のやつは訂正しなさい!」

「大胆スケベ」

「そうじゃないわよ!この馬鹿!」


ルークは立ち上がった。

「そろそろ試してみるか。最下級スキル〈アクセル〉を」


オーロラはその様子を黙って見守る。


(一般的なスキルの発動条件は、身体に魔力を流した状態で念じる事。魔力を流す練習は幼少期から行っているからクリア。問題は己と他者どちらに掛ければいいのかが不明な事)


「とりあえず自分に掛けてみるか」


ルークは全身に魔力を流す。

そして心の中で呟いた。

(アクセル)


すると、大量の情報が一気に頭の中に流れ込んできた。

脳に激痛が走る。

(!!!!!)


ルークは驚いてしまい、一歩前に踏み出す。

その瞬間、身体が数メートル前方に吹き飛んだ。

「!?」

「ルーク!!!」


草の上を数回転がり、ルークは仰向けになった。

「……」

「大丈夫?」

「ああ」


(なるほど。“そういう事”だったのか)


ルークは天を見上げながら、全てを理解した。

アクセルとは何なのか、また最下級スキルとは何なのかを。


まずアクセルを発動すると、己や周囲の事象を思い通りに加速させることができる。

先ほどのように思考を加速させることもできる上に、動きを加速させることも可能。


だがこのスキルの真髄はそれだけではない。

減速、又は停止させることもできる。

速度を調節する魔法……いや、能力。


要するにアクセルとは“時間という概念を操るスキル”なのである。


ではなぜ最下級というレッテルを貼られているのか。


その理由は……。

(操作が超高難易度過ぎて、誰も使いこなせないから)


時間とはこの世界における一種の法則なのだ。

その理を強引に捻じ曲げるのだから、操作難易度が異常なほど跳ね上がるのは仕方のない……というか当たり前の話である。


一般人がこのスキルを習得したところで、まともに扱うことはできない。

もし発動できても制御できずに命を落とす可能性が高い。


先ほどの不意な思考加速も“ルークだからこそ耐えられた"のであって、凡人であれば発狂して廃人になっていたであろう。


実際、長い歴史上の中で〈アクセル〉を習得した者は数百人以上存在する。

だがこのスキルをまともに使いこなせた者は誰一人として存在しない。


この世界にルークという類稀な才能を持つ人間が生まれ落ち、アクセルという理から外れたスキルを習得した。


これが偶然なのか必然なのかは誰にもわからない。

しかしこれだけは言える。


(アクセルを自由自在に操れるようになれば、世界最強の冒険者になれる。そうすればもう力や権力に屈することは無い)


世界最強。

それは世の戦士たちが一度は夢見る言葉。

それはこのルークでさえ例外ではない。

何も捻らない単純な願いだからこそ、胸が熱くなる。人間とはそういう生き物なのだ。


(俺だって一人の戦士だ。頂きからの景色を見たくないといえば嘘になる)


「オーロラ」

「ん、なぁに?」

「面白くなってきたぞ。くっくっく……」


その後ルークは考えうるすべての技を慎重に試していき、オーロラはその姿をニコニコと眺めていた。


(あんなに楽しそうに笑って……。まるで無邪気な子供みたいね。うふふふ)


日が暮れる前に二人は移動を再開し、次の街を目指した。

現在草原を抜けた所である。

目の前の川を渡ると森があり、そのさらに向こう側に目的地がある。


「ルークとアタシの寿命を停止させる、ねぇ」

「ああ。好きなだけ生きた後、死にたくなった時に解除すればいい」

「パートナーはアタシで良いの?」

「オーロラが良い。他は考えられん」

「ふ、ふ~ん。じゃあ乗ってあげても良いわよ」


「と言っても、すぐに使いこなせるわけじゃない。ちょうど俺の身体が成長しきったタイミングで停止させようと思う」

「じゃあそれまでのんびり待ってるわね」

「おう」


物語は加速する。




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