第6話:治療
ルークとオーロラが小さな街に到着した頃、謁見の間では。
ベルカンプ十七世は顔を真っ赤に茹で上がらせていた。
唾を飛ばしながら、黒豹を怒鳴り散らす。
「まだ見つからんのか!!!この無能共めが!!!」
「も、申し訳ございません」
「あれからすでに一月以上経っているのにもかかわらず、まだ奴の居場所すら掴めていないとは……!」
玉座の肘掛けにドンと手を振り下ろした。
黒豹の隊長は冷や汗を掻きつつ、提案する。
「一ヵ月以上あれば王国中、どこへでも移動できます。その広さだと我々だけでは到底対応しきれませんので、捜索部隊を増援していただきたいのです」
「まだ王都を出たという情報は上がっていない。どうせ奴は未だバルスタッド内に潜伏しているのだ」
「陛下。お言葉ですが、あまり衛兵を信じすぎるのも良くないかと。相手は“元”とは言え、幼少期から英才教育を受けてきた王子です。聡明な貴方様の血を引いているのは紛れもない事実。あの男は今頃、何かしらの手段で王都から脱出しているはずでございます」
王は“聡明な貴方様の”という文言に、眉をピクリと動かした。
「……特例だぞ?」
「感謝致します!!!」
「もう一月の間に発見できなければ、貴様ら全員の首を飛ばす。よいな?」
「「「「「はっ」」」」」
ルークとオーロラは小さな街に一つだけ存在する宿屋に入った。
カランコロン。
「いらっしゃいませ~」
二人は外套を羽織っているものの、フードを外しているので特に怪しまれることはない。
側から見れば普通の旅人だろう。
テーブルでは冒険者や商人達が食事をしている。
彼等は二人を見てギョッとした。
それは正体がバレたからでは無く、二人が絶世の美男美女だからである。
「なんかすごい見られてるんだけど」
「まぁ害は無さそうだし大丈夫だろ」
「そうね」
真っすぐ受付へ向かう。
「二人で一泊させてもらいたい」
「二部屋に致しますか?それとも同室でよろしいですか?」
(うわぁ、イケメンねぇ。隣の子も綺麗)
ルークは即答する。
「同室で」
「了解致しました」
オーロラは一瞬ドキっとしたが、すぐに冷静になった。
そしてあの時の会話が脳裏をよぎる。
『なぁ、オーロラ』
『ん、なぁに?』
『俺の嫁になれ』
(そ、そういえばアタシ達はもう夫婦なのよね……)
オーロラは“今は無い両手”をギュッと握りしめた。
受付の女性は続ける。
「エコノミー、レギュラー、プレミアムの三段階からお選びいただけます」
「プレミアムで」
「かしこまりました」
(あらぁ。新婚さんなのかしら。尊いわぁ)
「おひとり様金貨三枚なので、お二人で金貨六枚となります」
ルークは金貨を渡した。
二人は細かい説明を聞いた後、鍵を受取り、プレミアム部屋に移動した。
部屋に入ってすぐに鍵を閉め、ルークはバサリと外套を脱ぐ。
次にオーロラの外套も脱がせてやる。
ルークの身長は彼女よりも頭一つ分ほど高いので、丁度上から見下ろす形になる。
「ふむ。なんかエッチだな」
「何言ってんのよ、アンタ」
プレミアム部屋は非常に広く、高級ベッドとシャワー以外にも、お菓子やタオルなどが常備されていた。
オーロラはベッドに腰を掛け、ルークは椅子に座る。
彼は瞳を閉じ、深く息を吐いた。
一応エルレイズ共和国に到着するまでは若干緊張感が走っていたので、ようやく肩の荷が下りたのだろう。
「落ち着いて早々悪いんだが、早速オーロラの両手を治そうと思う」
「うん……。え?」
オーロラは困惑した。
確かに馬車の中で“すぐに治してやる”とは言われたが、それは長い旅の間で治療する方法を画策する的な意味合いだと考えていたからだ。
そのため、今両手を治すと言われても、その意図を読むことはできない。
ルークは徐にマジックバッグに手を突っ込み、桃色の瓶を取り出した。
「これを飲めば治る」
「それってまさか……」
「エリクサーだ。別名最高級ポーションとも言う」
「ちょっと待って」
オーロラは過去、オークションで数回この薬を見かけたことがある。
その際は最低でも黒金貨(一億円)が動いていた。
またそれを落札していたのは……。
“各国の王族、又は大貴族である”。
「ルークって何者なの?」
「グレイス王国の元第三王子だ」
「正式名は?」
「ルーク・アン・グレイス」
「それ聞いてないんだけど」
と言い、オーロラはジト目でルークを睨んだ。
「言うの忘れてた」
「えぇ……」
その後、ルークは己の素性を根掘り葉掘り聞かれた。
ちなみにオーロラは小さな頃に謎の病に掛かり、その際両手が石化してしまったため、やむを得ず切断した。
それがキッカケで奴隷商に売られ、何度か貴族に買われたこともあったが、結局は奴隷商にクーリングオフされるという負のスパイラルに陥っていたらしい。
一通り会話が済み、ついに治療をすることに。
「じゃあ飲んでみてくれ」
「わ、わかったわ」
ルークは彼女の背に優しく手を添え、エリクサーを口内に注ぎ込む。
すると、瞬く間に七色の光がオーロラを包み込んだ。
「「……」」
徐々に光が霧散する。
そしてオーロラの両手は元通りに生え戻っていた。
「!!!!!!」
彼女は飛びつき、ルークは咄嗟に胸で受け止める。
「ありがとう!!!ルーク!!!」
「お、おう」
もう言葉は要らない。
二人は日が暮れるまで抱きしめ合った。
魔導具型のシャワーを浴びた後、ルークとオーロラは夕食に舌鼓を打っていた。
プレミアムは毎食部屋まで運ばれてくるため、二人は基本的にここから出ることはない。
「~♪」
「ご機嫌だな」
「やっぱ自分の手で食べると美味しいわね~」
「そうか」
ルークは嬉しそうな彼女を見て、自然と頬を緩ませた。
その夜。
「じゃあそろそろ光を消すぞ」
「わかったわ」
パチ。
ルークは魔導具の光を消し、ベッドに潜り込む。
中にはもちろんオーロラがおり、後ろから抱く形になった。
「なんだか手つきがイヤらしい気がするんだけど……」
「グレイス王国には、据え膳食わぬは男の恥ということわざがあってな」
「うん」
「つまり、そういうことだ」
「あッ///」
その日、二人の夜は長かったという。
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