第5話:ツンデレ嫁

それから一週間後。

先ほどグレイス王国の関所を超え、現在馬車はエルレイズ共和国の街道を走っている。

ルークは隣の彼女とさらに仲が深まり、今日も朝から雑談に花を咲かせていた。


「そろそろ名前くらい教えてよ」

「すまん。それだけは無理なんだ」

「アタシは教えたのに……」

「だからごめんて」


彼女はオーロラ。非常に美しい名である。


オーロラは悲しそうに呟いた。

「ねぇ、次の街で下りちゃうんでしょ?」

「……どうしてわかったんだ?」

「勘よ、勘。なんだかそんな気がしたの」

「そうか」


二人は黙った。重い空気が漂う。

「「……」」


暗い雰囲気をぶち壊すように、オーロラが話を切り出した。

「ねぇ、なんでアタシが売れ残っているか教えて欲しい?」

「オーロラが良いのであれば、是非」


彼女は袖から“両腕”を出した。

ルークはそれを見て、息を呑む。

「!?」

(両手が無い……!)


オーロラは両手首から先が無かった。

彼女の世話は基本的に商人が行っていたので、ルークは全く気が付かなかった。


「これのせいで鉱山奴隷にすらなれずに、もう何十年も奴隷馬車をたらい回しにされているのよ」


普通売れ残った奴隷は鉱山送りになり、一生そこで暮らすことになる。

しかし彼女は両手が無いので、ずっと奴隷商の馬車で過ごしているのだ。


オーロラは続ける。

「オークションに出される度に笑いものにされるの。一ヵ月前のオークションでも“こんな芋虫要らない”って言われたわ」


と言い、全てを諦めた表情で溜息を吐いた。

もう怒る気力もないのである。


「……俺と一緒だな」

「一緒って?」

「“今はまだ”話せないが、俺も最近無能の烙印を押され、国中の笑いものにされたところだ」

「なんかよくわかんないけど、アンタも苦労しているのね……」

「ああ。似た者同士ってやつだ」


「なぁ、オーロラ」

「ん、なぁに?」


ルークは不意にオーロラの方を向いた。

「俺の嫁になれ」

「……!?!?!?」


目をパチクリさせ、動揺する彼女をよそに続ける。

「俺はこれから冒険者になって世界中を旅する予定なんだが、一人では寂しい。だから俺に

付いて来い」

「ちなみに拒否権は?」

「無いな。こうなったら意地でも連れて行く」


「でもこんな身体じゃ……」

「それに関しては心配ない。すぐに治してやる」


「自分で言うのもなんだけど、アタシ高いわよ?種族的に」

「それも余裕だ」


「ワガママよ?」

「ばっちこいだ」


「毎日いっぱい食べるわ」

「俺も大食いだから大丈夫だ」


「性格悪いけど」

「たぶん俺の方が性格悪いぞ」




「……本当に良いの?」

「ああ。今まで頑張ってきた分、俺が幸せにしてやる」




その後も問答を続け、気が付けば小さな街に到着していた。

ルークは馬車から飛び降り、商人に声を掛ける。

「ここで降りる。世話になったな」

「そうか。また機会があれば乗せてやる」


商人に残りの大金貨三枚を渡した。


「もう一つ話がある」

「なんだ?」

「オーロラを買いたい」

「!?」


「あのエルフを、か?」

「あのエルフを、だ」


商人は静かに笑った。

「くっくっく。とんだ変わり者がいたもんだ」


「で、いくらなんだ?」

「定価は白金貨三枚だが、お前には一度命を助けて貰ったからな。白金貨二枚と赤金貨九枚にまけてやる」

「いや、白金貨三枚のままでいい。その代わり、彼女に必要な服や下着、できれば化粧品なんかも譲ってほしい」

「いいだろう。取引成立だ」


ルークは白金貨を三枚渡した。

日本円に換算すると、約三千万円である。


商人はポケットから鍵を出し、オーロラの鎖を外した。

「ついでに奴隷の首輪も外してやってくれないか?」

「……本当に言っているのか?どうなっても責任は取らんぞ?」

「ああ」


もう一つの鍵で奴隷の首輪もガチャリと外した。

「スッキリしたか?」

「うん。ありがとね」


ルークはすぐに商人からオーロラ用の必需品を渡された。


「じゃあな。悪徳商人」

「くっくっく。生意気なクソガキだな」

この二人も互いに悪態を付けるくらいには仲が良いのである。


馬車は街の門を潜り、次の目的地へと向かった。



「歩けるか?」

「赤ん坊じゃないんだから一人で歩けるわよ!」

「じゃあとりあえず宿屋まで行くか。話はそれからだ」

「了解よ」


「まだ互いの顔を確認してなかったな」

「そうね。じゃあまずはアタシから」


オーロラは器用にフードを外した。

まるで女神のような麗しい顔が太陽に照らされ、水色の長髪が風で揺れる。

ルークの想像を遥かに超えた美女が現れ、言葉を失った。

「!?」


オーロラは照れくさそうに言う。

「なによ」


ルークは親指を立てた。

「ナイスだ、オーロラ」

「何がナイスなのよ……」

「じゃあ次は俺だな」


ルークはバサリとフードを外した。

冷たい雰囲気のイケメンフェイスが露になり、銀髪がさらりと靡いた。

「!?」


実はオーロラは、ルークを一般人レベルの顔だと予想していたので、雷に撃たれたような衝撃を受けた。

「ふ、ふ~ん。まぁまぁね」

「幻滅されなくて良かった」


互いにドキドキしつつ、宿屋へ向かった。


「そういえばまだアンタの名前聞いてないんだけど」

「……あ」


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