第2話:追放

 ルークは自室に戻り、ベッドの上に置いてあるマジッグバッグを腰に装着した。

この中には金はもちろんのこと、武器や装備、生活必需品など様々なアイテムが入っている。

(昨日中に準備を整えておいて正解だったな)


十四年間過ごした自室を一通り眺め、感傷に浸る。


「よし。行くか」


廊下に出て早々、巡回中の騎士達とすれ違ったが、彼らは頭を下げないどころか挨拶すらしない。

「「「……」」」


なぜならルークはもう第三王子ではなく、ただの平民だからだ。

いや、最下級スキル所持者というオプションを付ければ、それ以下だろう。


(前は結構仲良かったんだけどな)


順調に歩みを進め、王城の入口に到着した。

するとそこには……。

「よぉ。最下級スキル所持者君~」


(やはり待ち伏せされていたか)


下卑た笑みを浮かべた第二王子ギルバードが立っていた。

それだけではなく、第二王子派閥の貴族も全員同伴している。

その中には元第三王子派閥の貴族もチラホラ。


そして彼の真横には、ルークの元専属メイドであるエマの姿が。


ギルバードはエマの肩を掴み、抱き寄せる。

「くっくっく。この女、超ウマかったぜぇ……」


と言い、ペロリとエマの頬を舐めた。

「五年間も傍にいたのに、手を出してなかったとは。お前はとんだ大バカ者だなァ!無能ルーク!!!」


彼女は満更でもない顔をしている。

「……」


実は昨日の夜、エマはギルバードの部屋を訪ねた。

その際に身体を売り、強引に第二王子派閥に取り入ったのである。


しかしルークは特に精神的ダメージを負っていなかった。

というか呆れていた。

(まぁいいか。どうせ全員死ぬんだし)


そのまま無言で立ち去ろうとすると、ギルバードが目の前に立ちはだかった。

「待てよ、ルーク。まさかそのマジッグバッグを持って行こうとしているわけじゃねえよなァ?それは王族の資産であって、薄汚い平民の持ち物じゃねえぞ?」


(キモい言い掛かりをつけてきやがって)


「チッ。ほらよ」

腰に下げてあったマジッグバッグをギルバードに放り投げた。


「へっへっへ。それでいい」

(コイツは普段からコツコツと、馬鹿みたいに金を貯め込んでいやがったからなァ。それは全部俺様のもんだぜ!)


ルークは手ぶらのまま、ニヤニヤと笑う彼らの横を通り過ぎる。


すれ違いざまにエマが呟いた。

「……幻滅しました。平民ルーク」

「……」

(いやぁ。マジで腹減った。何食おうかな)


ルークが城の正門から一歩踏み出した瞬間。

(!?)


狭い鳥籠から解放される錯覚に陥った。

蒼穹が果てしなく広がり、太陽光が彼を燦々と照らす。

まるで世界がこの男を迎えているよう。


(そうか。俺の物語はここから始まるのか)


ルークは意気揚々と大通りへと向かった。



グレイス王国の王都バルスタッドは人と馬車の往来が激しい。

それだけで賑わっている事が理解できる。


ルークはジューシーな肉の香りに誘われ、屋台に寄った。

「おっちゃん、肉串を三本くれ」

「まいどっ。銅貨九枚だ」


ルークは懐に隠してある“本物のマジッグバッグ”から銀貨を一枚取り出し、おっちゃんに渡した。

「釣りは要らん」

「おぉ!気前がいい野郎は好きだぜ!また来てくれよな!」

「おう」


この大陸の通貨は下から銅貨、銀貨、金貨、大金貨、赤金貨、白金貨、黒金貨に別れる。


日本円に換算すると銅貨(百円)、銀貨(千円)、金貨(一万円)、大金貨(十万円)、赤金貨(百万円)、白金貨(一千万円)、黒金貨(一億円)である。


ルークは歩きながら肉串を口一杯に頬張った。

肉汁が舌の上で弾け、スパイスの香りが鼻を抜ける。

噛めば噛むほど旨味が溢れてくる。


「うんま」


すると、目の前でボロボロの服を着た子供が派手に転んだ。

「いてっ」


(ふむ、奴隷か。こんなボロい服を着させられて、可哀想に)


グレイス王国には奴隷制度が存在する。

主に犯罪者や親に金策として売られた子供が奴隷として商品化される。

目の前で膝に付いた砂を払っている子は後者だろう。


余談だが、この国は五強の中で唯一人間至上主義を掲げている。

そのためエルフ、獣人、ドワーフなどの亜人は入国ができないと法律で決まっているのだが、偶に亜人奴隷を見かけることがある。

それは非合法の奴隷商が他国で亜人を攫い、闇オークションで高額で売り捌いているからである。


もちろん王国上層部もそれを知っているが、特に口は出さない。

なぜなら亜人をコレクションしている貴族がかなり多いからだ。

今更禁止にしてしまえば、彼等と不要な軋轢が生まれてしまう。

要するに暗黙の了解なのである。


ルークは肉串を渡す。

「ほれ、食え」

「い、いいの?ありがとっ!」

「おう」


(奴隷が認められている国は多い。世界中を旅するなら、一人くらい奴隷を買うのもアリだろう。ここだけの話、資金はたんまりあるからな)


なんて考えながらバルスタッドの散策を続けた。



その頃ギルバードは自室でメイド達と励んでいた。

「そろそろ雑魚ルークが必死に貯め込んだ財産でも確認するかァ」


虚ろな目で頬を紅潮させ、ベッドに倒れ込むメイド達を無視し立ち上がる。

そしてテーブルの上に置いてあるマジッグバッグを覗き込んだ。

「…………は?」


中には使い古したボロボロの装備と、錆びて使い物にならなくなった数百枚の銅貨しか入っていなかった。

ギルバードは裸のまま咆哮を上げる。

「ルークゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!」


その怒号は王城中に響き渡ったという。



ルークはバルスタッドの端にある宿で一泊することにした。料金を支払い、周りを確認した後すぐに自室に引き籠る。


マジックバッグを枕元に投げ、ベッドに腰を掛けた。

「ふぅ。有意義な一日だった」


幸いなことに、元第三王子であるルークの顔を知っている者は少ないため、今日は白昼堂々と平民ライフを堪能できた。


「さすがにグレイスのギルドで冒険者登録するのは危険すぎるからな。さっさと国外に出よう」


(あの性悪クソジジイが王族の恥である俺を野放しにするはずがない。必ず追手を放ってくるはず)



深夜、謁見の間にて。

性悪クソジジイこと、ベルカンプ十七世は不意に呟いた。

「黒豹よ」


するとどこからともなく、黒ずくめの者達が姿を現した。

全員が只者ではないと感じさせるような雰囲気を漂わせている。

彼等は“黒豹”。グレイスのエリート暗殺部隊である。

登場して早々、隊長らしき人物が口を開いた。

「ここに」


「……わかっているな?」

「はい。必ずや元第三王子の首を取って参ります」

「くっくっく。それでよい。行け」

「「「「はっ」」」」


王は上機嫌で高級ワインを開けた。



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