りんごをほじくる真っ赤な芋虫のよう

 祭を一人でぶらつくなんて、生まれて初めてのことだった。


 浩二は年の近い男子と、女子は女子とつるむもの。そういうイデンシのはずなのに、浩二は誰と待ち合わせることもなく、足を引きずりながら屋台を巡っていた。


 酒気を漂わせる大人たちの向こうで、弘樹がヨーヨーを蹴っ飛ばして遊んでいた。


「それは、手でつくもんじゃろが。相っ変わらずアホやんなぁ」


 横で笑って言っている浩二は、もういない。


 特別はない。例外はない。そういう排除は見ている分には心地よかったのだろう。


 女子に肩入れをしたらいけん。祭の準備の日、浩二は男子のルールを破った。だから祭の当日、家には誰も誘いに来なかった。


 クラスの連中がいると思うと腹が立ち、その顔を見たら殴りたいと思う。でも、本当に殴る勇気のない自分にむかつくだけだから、浩二は屋台の光から逃げていく。


 櫓から四方につながった提灯の光がやっと届かない、外の体育倉庫。


「……あ」


 ペンキの剥がれた壁にもたれて、彼女が座っていた。


 ピンクのワンピースで、体育座りの姿勢でりんご飴を舐めている。ぽかっと両脚を広げたままだから、浩二には彼女の下着が見えた。


 彼女が隠そうとしないから、浩二は彼女の横に腰を下ろす。これなら、彼女の顔を見ればいい。


「誰かとはぐれたか?」


 浩二が聞くと、彼女は唇を舐めてから答えた。


「逃げてきました」

「……なして」

「一人でお祭りなんて、ミツキはだめですから」

「家にいなぁいけんのか」

「そうじゃない、ですけど」

「じゃあ、何から逃げた?」


 浩二が聞いたきり、彼女はりんご飴に口をつけた。びくびくおどおどして、それでも口は飴を溶かそうと休める気配がない。


「ひとくち、よこせ」


 浩二は、答えられるより先に彼女の手から飴をひったくる。彼女の舌で濡れた場所に、かぶりつく。


「あっ!」


 今までで最も大きな声が出た。


 りんご飴を返すと、彼女は目を細めて、口をとんがらせる。全部のパーツが顔の中心に集まって、見ていて愉快だった。


「りんご飴」


 下唇からあごまでの皺を見ていた浩二に、彼女は低く言った。


「美味しいですか」


 浩二は、歯の裏にこびりついた飴を舌でいじって、首を振る。口の中に飴の甘さばっかりだらだら残って、りんごの味なんてしない。


「まずい」


 言うと、彼女は飴を剥いだ場所に口をつっこむ。


 浩二は彼女の舌に見惚れていた。


 舌は、りんごをほじくる真っ赤な芋虫のように動いていた。もしも虫だとしたらぶくぶく肥えた気色悪さのくせに、彼女であるだけで、少しの明かりを弾くのも見逃せなかった。


「……ミツキも、みかんの方が好きです」


 言って、彼女は立ち上がった。


「え」


 浩二の口から声が出た。


 もう行くのか。あんたも逃げたんやろ。まだえぇが。置いてくな、アホ。

 待て。待て。


「待って」


 彼女のワンピースの裾を、浩二が掴む。バランスを崩して、でも彼女は立ったまま、浩二を見下ろしている。


 そのまま、浩二は彼女の腹に頬をつけて、腰に浮き出た骨をひっかく。


 熱が肌から直接流れ込む。彼女を見上げることはできないから、浩二は彼女の腹に口をつけて声を出す。


 一人にしないで。

 もう誰もいないから。

 あんたがいなくなったら、いやだ。


 全部言葉にしたけれど、くぐもった声が正しく届いたかはわからない。


「約束、は、できませんけど」


 彼女は浩二の頭に手を置いた。みかんの匂いがする、と言った髪を、割れ物を扱うような手つきで撫でた。


「じゃあ、今日のさいごまで、ミツキといてくれますか?」


 言って、彼女は浩二に触れていない手からりんご飴を落とす。彼女の唾液が砂を巻きこみながら、それは汚く転がっていった。

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