ラムネみたいに
バス停に一輪のひまわりが立てかけられている。
木陰に置かれたベンチに、白い帽子が座っている。物言わぬはずの帽子は、側の樹に向かって跳ねている主人を見上げて、呆れているようにも見えた。
「おい」
浩二が背中に声をかけると、肩を飛び上がらせて彼女はコケた。「ぎゅっ」なんて、間抜けな声が出る。
「……こんにちは」
腰をさすっている彼女は、ピンクのワンピースにサンダル姿。覗けた腿が、今日はただ白かった。
「ドンくさいの」
浩二が言うと、彼女は眉毛を動かす。一瞬だけ怒ったように角度を上げて、すぐにへろりと垂れる。
「ミツキは運動、苦手です」
「聞いとらんが」
浩二はぶっきらぼうな自分を装う。彼女を見ている自分の視線が帽子のつばで隠せているのか、そればかり気になった。
「ミツキだと、やっぱり届きません」
彼女は、顎を持ち上げて真上を見ている。
「あの、二つ並んで、あるやつが……」
指をさしている彼女は、そこで浩二に首を回す。
欲しい。その一言を言わないのが、精一杯の遠慮らしい。
浩二は、自分の麦わら帽子を彼女に投げつけた。
「助走をつけなぁ、いけんぞ」
言い置いて、木陰から出た。十分すぎる距離をとって、砂浜を駆ける。砂に速度を奪われて、走る。木陰のグレーが、踏み切り線。
跳んだすぐ横に、彼女がいた。腕がいつもより伸びた気がした。
着地した浩二の手に、晩柑がひとつ。遅れて一秒、寄り添うように実っていた方も地面に転がった。
「構えろ」
浩二は彼女を見る。浩二の麦わら帽子を持ったまま、ぽかんと口を開けている。
「おまえ、キャッチャー」
言って、山なりに晩柑を投げる。彼女が腹に抱えた麦わらの穴に、すぽんと収まった。
「す」
彼女は、口をすぼめる。
「ストラーイ、クっ」
途端に彼女は顔を赤らめる。言い慣れていない言葉が恥ずかしいようで、背中を丸めて縮こまる。
「……は、は!」
喉の奥から、笑いがせり上がってきた。
バカにしているのではなく、特別に面白いわけでもなく、それでも笑えた。ラムネみたいに、浩二は爽やかに笑えた。
腹を抱えて、膝までつける浩二。その姿を見下ろしている彼女は困惑しながら、一緒に肩を揺らしてみる。おさげ髪が彼女の胸元で小刻みにはねていた。
呼吸を整えてから、浩二は転がっている晩柑も彼女に放る。
「オレぁ、いらん。家に腐る程あるけぇ」
汚れていない方を彼女が差し出してくるから、浩二は手の甲をぶらつかせて突っぱねる。
「でも」
「いらんなら、捨て置きゃえぇが」
彼女は両手の晩柑を見比べ、そして砂のついた方をベンチに置く。そのまま、バス停のひまわりを拾った。
浩二が声をかける間もなく、彼女は晩柑とひまわりをそれぞれ抱えて、浜辺に走っていった。
サンダルに砂が入ることをまるで気にせず、かしゃかしゃと足音を立てていく。
波打ち際で、彼女はひまわりと晩柑を海に放り投げた。右腕しか使っていない不恰好な投げ方でも、二種類の黄色はよく飛んだ。
彼女は、ぎりぎり波の届かない場所まで戻って、へたりと座りこむ。
「…………」
突然のことで、浩二はただ彼女の背中を見ていた。木陰に残ったのは浩二と、彼女の帽子だけ。
雲をちぎって編み込んだような白色に、ピンクのリボン。風にさらわれそうな桃色には、刺繍で名前が綴られていた。
『ヒナタ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます