ウサギみたぁなヤツじゃった
ランドセルを投げるよりも先に、
「中学に転入生が来とったでぇ。女や、女!」
教室がざわつく中で、弘樹は浩二に向かってにやけて見せる。
「見に行きゃえぇが。おまえ、姉ちゃんおるやろ! テキトーな理由付けて、のぞきぃや」
「アホ。いやや」
興味のないフリを決めこむ浩二に、かかとをペシャンコに履き潰した上履きが当たる。
「見て来いやぁ。どがぁなツラか、教えろよ」
女子にも教師にも平等に容赦のない
「……わかった」
二段飛ばしで階段を上がれば、中学校。浩二の生まれた年に木造の小学校校舎が取り壊されて以降、この地区に生まれた子どもは小学一年生から中学三年生の九年間を同じ校舎で過ごしている。
ゴキブリのような黒の中を行く浩二は、垢が染み付いた白シャツ姿。窓に肩を擦るように、廊下を歩いていく。
浩二の姉と同学年の少年たちは、浩二を見つけ、口をアヒルのようにして囃し立てる。
「ねぇやん、どこにおるぅ。ねぇやん、ねぇやん、早よ来んかぁ」
耳のウラが熱くなる。脚が勝手に前に進む。
まだ小学校に上がったばかりの頃、浩二は授業中に姉を探して学校中をうろついたことがあった。泣きながら姉を呼び回る小便垂れは、次の日から今の今まで笑いのネタだった。
アホしかおらん。
浩二は口の中で何度も悪態をついて、頭の中で彼らをぶん殴る。
ガタイばっかり肥えて脳に栄養が届かなくなった学ラン。
むせかえる甘ったるい臭いがするようになったセーラー。
ここにはそれしかいない。
とうとう浩二が、反対側の階段から下に戻ろうとした時。
「は」
女子トイレから、彼女が飛び出してきた。
目の高さは浩二と同じだった。両肩に流れるおさげを作るゴムは、どちらもピンク。捲っていた袖が彼女の腕から落ちると、手を半分も隠している。服に着られているようなだぼついた格好で、浩二の前に彼女がいた。
「こんにち、は」
彼女は、もたもた頭を下げた。繕った礼儀正しさに、あぁ、とか、おぉ、とか、どちらか言って、浩二は通り過ぎる。
「みかんっ」
彼女は鋭く言った。
浩二が振り返ると、彼女は左手で胸元の刺繍をいじったまま止まる。
「アレが、なんね?」
聞いても、彼女は口を開け閉めするばかりだった。浩二がわざと目つきを悪くすると、彼女は右手でスカートをひっつまんで、なぜか必死に声を出す。
「おいしかった、です。みかん。ミツキはみかん、好きです、ので」
「……そうか」
言い置いて、階段を走って降りる。教室まで、息をしないで駆ける。
戻ってすぐに、弘樹が鼻を小指で掘りながら「どがんね?」と聞いてくる。浩二は答えた。
「ウサギみたぁなヤツじゃった」
「なんじゃあ、そりゃ」
嘉和は不満そうだが、弘樹がウサギの真似して出っ歯を鳴らすと、みんなが一斉に笑った。浩二だけは笑わなかった。
それから家に帰るまで、ミツキ、という彼女の名前は、教室の誰にも教えてやらなかった。
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