晩柑みっつ
河端夕タ
桃色の少女
砂浜を駆ける。
速度を奪われないため、爪先を差し込むように。
アスファルトに入ったら、膝をよく曲げる。木陰の灰色を目印に、垂直に跳び上がる。木の枝に吊られる、手のひら大の黄色に……届いた!
あご紐が口に入る。跳んだ勢いのまま背中に流れた麦わら帽子の、小さな抵抗。湿ったゴムを噛むと、潮の味がした。
口から紐を掻き出して、
手頃な高さにまたひとつ。さっきより、ひと回りぷくっと大きい。
「……つぎ」
助走のためにまた背を向けるのは、浩二の二人分ほど太さがある、晩柑の樹。
バスの停留所に日陰を作るため、浩二の母が生まれた頃に植えたものが、春から夏にかけて毎年図太く実をつけている。落ちて潰れる前にその実を毟るのが、小学校に上がってからの浩二の仕事だった。
今度の助走はあまり長くなくていい。アスファルトから砂浜に入って、十数歩で振り返る。よぅい、バン。口の中で言って、浩二は駆け出した。
速度を砂に奪われないように。木陰の灰色を目印に。垂直に……。
ワンピースを着た、女の子。
視界に、人工的な桃色が散らついた。実際見たのは数えることもできない時間で、しかしその光景は鮮やかだった。
テレビの中でしか見ない、真っ白にピンクのリボンがくるっと巻かれた、品の良い帽子を被っている。
飾ったサンダルを履き、ひょこひょこと摺り足で歩くのは、砂が入らないようにするため。おぼつかない足取りの彼女の手には、ひまわりが一輪。抱かれた赤ん坊のように、花は彼女を見上げている。
慌てて目をそらすと、浩二は木陰の中にいた。急いで踏み切って、手を伸ばす……。
枝に突っ込んで、体はもんどり打つ。背中から落ちていく寸前、指先に晩柑の皮が当たった。
腰を中心に、痛みがずんと広がった。周りには、浩二が散らした小枝や葉が散らばっていて。
「あ、の!」
桃色の少女が駆け寄ってきて、膝に手をついていた。
「大丈夫、でしょうか?」
彼女は小さな口を開く。もたついた口調の、繕った敬語を浩二に投げかけた。
彼女の影の中にいることが、浩二はどうしても恥ずかしかった。差し出された手を取らず、かわりに転がる晩柑を彼女に押し付ける。刺々しく編まれた麦わら帽子を手にとって、一目散に逃げ帰った。
その日の最後に浩二が思い出したのは、ワンピースの紐が腕まで落ちたまっさらな左肩だった。
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