第5話 運命の出会い⑤

 気がつくと、スカイは椅子に座っていた。

 上半身は腕ごと椅子に縛られ、足もくるぶしあたりのところで縛られ身動きが取れないようになっている。

 暗くじめりとした空間。どうやら建物の中のようだ。

 少しずつ目が暗闇に慣れてくる。ゆっくりとあたりを見て気づく。どうやらスカイはいま小さな部屋の中にいるようだった。

 暗くてあまりよく分からないが、ほこりっぽさを感じる。ところどころからぽたぽたと空間内に水が落ちる音もする。どうやらかなりぼろい建物で雨漏りをしているみたいだ。


 この現状から、スカイは誘拐されたことがわかった。

 犯人は先ほど停留所で会った五人組だろう。 

 一体全体何のためにこんなことをしたのだろう。これからどうなってしまうのだろう。スカイは身体を震わせた。

 彼らが何者かは分からないが、アウトローな存在であることは一目瞭然である。そして、いまのスカイは父が権力者だったころのように助けてくれる人間はいない。

 この状況を一人で切り抜けなければいけないのだ。でも、そんな力なんてないことはスカイ自身が一番分かっていた。


 思わず、涙がこぼれる。

 なんでこんな目に遭わなければいけないんだ。どうして平穏な日常すら、歩むことができないんだ。

 

「ちくしょう、ちくしょうが」


 そんな呟きになにかが返ってくることもなく、部屋は静寂に包まれる。

 スカイはぼろぼろと大粒の涙を落としていたが、しばらくして鼻を強くすすると顔を上げた。そして、腕や足を動かして縄の縛り具合を確認する。那波がほどける気配はない。

 椅子に関しても地面に固定されているみたいで、縛られた足で立ち上がることも無理そうである。

 万事休すか。がくりと頭をもたげた。

 そうしていると、不意に足音が聞こえた。かつかつという甲高い足音である。その音は次第に近づいてくる。スカイは身体を強張らせて、目の前の閉じられた扉を注視した。


 ぎいと扉が開き、パッと部屋にオレンジ色のぼやっとした明かりが灯る。そして、視線の先には黒い長髪の若い女が姿を現した。

 スカイを誘拐した五人組の一人だ。だが、その顔に見覚えはない。


「あら、起きたのね。そしたらみんなを呼ばないと」


「ま、待て。なんでこんなことをするんだ」


 スカイは勇気を振り絞ってそう問うた。

 女は足を止めると、顔だけ振り返り、冷たく笑った。


「このあとじっくり教えてあげるわあ」


 そこには強い悪意があり、スカイを怯えさせるには十分だった。

 女は階段を下っていく。そしてすぐに仲間を引き連れて部屋へとやって来た。


 やはりスキンヘッドの男が中心的な存在であるようで、五人の真ん中に立っていた。

 スカイは頭を下げ、上目で睨み付けるようなかたちで改めて自分を捕らえている人間たちを見やった。

 先ほどスカイを呼びに来た若い女。

 細見で糸のような目をした金髪の男。

 太っていて動きの遅そうな茶髪の男。

 金髪でいくつも耳にピアスをつけているヤンキーみたいな女。

 みな見覚えはなかった。唯一スキンヘッドの男だけはどこかで見たことがあるような気がしたが、それもすぐには思い出せなかった。

 スキンヘッドの男はスカイに近づくと、その頭を鷲掴みし、強引に視線を合わせた。


「スカイ・ローグレイ。お前はいま思っているはずだ。なんでこんなことをされなきゃいけないんだと」


「そ、そうだ。僕はお前たちのことなんてなにも知らない。なんの恨みがあってこんなことをするんだ」


 そんな悲痛の叫びに、五人組は声をあげて笑う。


「な、なにがおかしい」


「いや、そうだな。特別にお前には俺たちの話をしてやるよ」


 スキンヘッドは一番右端にいる細見で糸目の男に目配せする。


「ああ、じゃあ僭越ながら僕から。僕はねもともとフィツア星立高校に通っていたんだよ。その中でも成績優秀者だった。それが、君の父親が推し進めた地区制によって他地区から長い時間をかけて通っていた僕は転校を余儀なくされたんだ。いきついた治安が悪い動物園みたいな学校で僕の心はぼろぼろ。そうして学校に行けなくなってしまい、人生お先真っ暗になってしまったのさ」


「とう、さん?」


 スカイは驚愕した。父の話が出てきたからだ。

 しかも政治的な話だ。

 混乱するスカイを無視して長い髪の女が口を開く。


「次は私から。……私は、あの男が憎い。周辺地区復興法なんて法律を作って、帝国に融資という名のこびを売る。あの不抜けた売国奴が大嫌い。帝国なんて滅びればいい。ヘルの被害を受けた周辺の辺鄙な村だって支援なんて必要ない。軍事費だ、軍事費。帝国を滅ぼすための力のためだけに金を、金をーー」


「それくらいにしておけ、ネガ」 


 そんなスキンヘッドの言葉に、ネガは黙ると、すとんと尻餅をついた。そして、手で口を押さえながらイヒヒヒと気味悪く笑うのだった。スカイはぞくりと背中を震わした。

 ネガと呼ばれた女は周辺地区復興法という父が主導で作り上げた法律が大層気に入らないようだった。

 その後太った茶髪の男、金髪ピアスの女もそれぞれが恨みつらみをスカイへぶつけた。それは全て、父の政治への不満だった。


「さて、最後に俺だな。俺は貧民街の生まれでな。この国の中でも最低なゴミ溜めのような場所で生きてきた。盗みや人を騙してお金を奪うことをしない限り生きていけないっていう醜い世界だった。だから俺もいくつもの悪事に手を染めざるを得なかった。そんな生活が想像できるか?」


 その問いかけはひどく重たいものだった。彼は悪人である。だが、悪人になった所以は環境なのかもしれない。

 それはスカイの想像の範疇の外にあるこの社会の闇だった。


「まっ、都会育ちの坊ちゃんには縁もゆかりもない話だろうがな。いろいろな悪いことをしているうちに俺は星立警察に捕まった。本当は何年かで出所できる予定だったんだが、奴が作った治安法によって俺の刑期は一生になっちまったんだ。たしかに俺はこれまで数多くの悪事に手を染めてきた。だがそれは社会の問題でもあるはずなんだ。であるならば適切な社会復帰の補助や貧しい人間の救済が必要なはずだ。だから俺はなんとか刑務所を抜け出し、俺のような人間を少しでも出さないような活動をしてるんだ」


 彼らが父に対して恨みを抱えていることはよくわかった。そしてそれはレインに強い衝撃を与えた。

 父が獄中に送られたことによる誹謗中傷は、父の非ではなく、嵌められたことによるものだと分かっていたから苦しくはあったが気を強く持ち、そのことで深く考えたり悩むことはなかった。しかし、今回、彼らの話を通して父の政治的な行動で不利益を被り、反発する人間が存在していたことが分かった。

 もちろん、彼らの話がどこまで正しくてどこまで真剣に考慮する余地があるかは不確かではあるが、スカイはそこに申し訳なさを禁じ得なかった。


「これが社会の実情だ。俺たちを苦しめたあいつはいま獄中にいる。だから、お前が代わりに恨みをつらみを受けるんだ。その死をもってな」


 スキンヘッドの男はそういって下卑た笑いを浮かべた。他の四人も同様に笑う。

 父が抱かせてしまった恨み。それが巡り巡ってスカイのところへと来た。そして、スカイにはそんなときどうすればいいのかよく分からなかった。

 スキンヘッドの男は死と言った。このまま殺されてしまうのだろう。なにもできないままに甘んじて彼らの暴虐を受け入れるしかないのだろうか。


「さてと、そしたら思う存分俺たちの不満をこいつへぶつけるとするか」


 スキンヘッドの男がぱきぱきと拳を鳴らす。

 残りの四人も不気味な笑みを浮かべて近づいてくる。


「や、や、やめろお」


 スカイはひどく怯えた顔で身体を彼らから遠ざけようとする。

 しかしスカイの身体は椅子に縛り付けられており、五人から距離を置くことは叶わない。

 短い人生だった。これからいろいろな人と出会い、様々なことを体験し、大人になっていく。そんな当たり前の人生がここで費えるのだ。

 いやだ、死にたくない。そう心の底から思う。


「誰か、助けて」


「そんなやつ、誰もいねーよ」


 そうだ。そんなこと分かっていた。スカイに心の底から頼れる、こんなときに助けてくれる人間はいない。

 スカイは絶望に身を委ねながら強く目をつむる。

 

 すると不意に、音が聞こえた。

 足音だった。

 複数人のものだ。 

 それは次第に近づいてくる。それと同時にかすかながら男女の言い争う声も聞こえてくる。


「なんだ?」


 スキンヘッドの男は怪訝な声を上げた。

 彼らの仲間ではないようだ。

 ドタドタと階段を駆け上がってくる。声もより鮮明に聞こえ出す。


「本当にこんなところにいるの?」


「僕のつけた発信器がここを指しています。間違いありません」


 その声はスカイにとって聞き覚えのあるもので、強烈な驚きを抱かせるものだった。


「な、なんで」


 そう叫んだ声に、部屋に颯爽と入ってきた目つきの悪い少年は答えた。


「困っている奴が俺の手の届く範囲にいるのであれば助ける。それが俺の信条だからだ」

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