第4話 運命の出会い④

 翌日の昼時。

 スカイは中庭へ足を運んだ。

 そこには机に座って真剣な顔で話し合うレインとヘイルの姿があった。

 スカイは無言で駆け寄ると、レインの胸ぐらを掴んだ。


「なにすんだよ」


 レインは冷たく鋭い声を出した。


「……てこと、……たんだよ」


「あっ?聞こえねーよ」


「なんてこと、してくれたんだって言ってるんだよ」


 スカイは右手を握りしめ、レインめがけて拳を打ち込んだ。

 しかし、レインはそのストレートを受け止めると、右足で鮮やかにスカイの両足を払った。

 急に身体が浮遊感に包まれ、次の瞬間どすりと地面に落とされる。

 なにが起こったのか分からず、スカイの身体は硬直した。

 次の瞬間、目の前にレインの姿映り、床に倒される。

 

「なんだってんだよ、全く」


 レインはヘイルの腹の上にのっかり、両手を押さえ込んだ。


「くそ、離せよ」


 スカイはじたばたと身体をよじる。すると、机がレインの側頭部に当たった。


「いった」

 

 拘束が緩まったことで、スカイはレインをはねのけて立ち上がる。そして、右の拳をその頬めがけてふるう。

 今度はレインが尻餅をつく番だった。スカイはさらに追撃を加えようと左の拳を振り上げた。しかし、その腕を振り下ろすことができなかった。

 振り返ると、ヘイルがスカイの腕を掴んでいた。


「そこまでです」


 そのまま右腕も掴まれ床にうつぶせで倒される。


「ナイスだヘイル。さあて、どうしてくれようか」


 レインがポキポキと骨を鳴らす。

 万事休すか。スカイは諦めたようにうなだれた。


「待ってください、レイン。その前にレインが殴られた理由を聞きましょう」


「それもそうだ。急に殴られたんじゃ納得いかねーからな」


 レインはスカイの前でしゃがみ込むと頭を掴み、顔を合わせる。

 だが、スカイは口をつぐんだまま一向に喋り出そうとはしない。


「なんなんだよ。昨日先生に頼まれたから渋々家までプリントを届けてやったのに。恩を仇で返すとはまさにこのことだ」


「…………よ」


「ん?」


「そんなこと誰が頼んだって言ったんだよ」


 怒りのままに身体を動かす。だが、ヘイルの拘束は全く解けない。


「あー、あんたたち、こんなとこにいたのね。探したわよ……、って転入生相手になにしてんのよ」


「げっ、ムーン。タイミングの悪い奴だな」


「こ、これじゃ僕らが悪者に見えてしまいますね……」


 ヘイルの声に動揺の色が浮かんだ。

 そのすきにスカイは再び拘束から抜け出す。そして、今度はヘイルへつかみかかった。


「この野郎」


 レインが声をあげて応戦する。

 そのままもみくちゃになる。

 スカイは二人を振り切ろうと一度屈んで右側へ移動し距離を取る。その際、びりびりと何かがちぎれる音がした。音の先、右足を見ると、彼らの地図が踏んづけられており、ところどころ破れてしまっていた。


「な、なにしてくれてるんだ」


 レインとヘイルが顔色を変えて向かってくる。


「えっ、えっ、や、やめなさいよ」


 ムーンがあたふたしながら声をあげる。

 殴る、蹴る。殴られる、蹴られるの戦いが火蓋を切った。

 それから数分後、ムーンによってその場に駆けつけた先生たちが止めに入るまで喧嘩は続いたのであった。




「痛い」


 帰路をゆっくり歩きながらそうひとりごつ。

 顔も腕も足も傷だらけだった。至る所に湿布が貼られている。

 あのあと先生に止められたあとで、こっぴどく説教を受けた。はじめは三人一緒に叱られていたが、再び取っ組み合いを始めたためすぐに引き離された。それも先生の怒りを誘ったのかもしれない。

 それから保健室で治療された。親には連絡しないよう伝えたが、先生は聞く耳を持たなかった。きっと、いまごろ母に連絡がいき、慌てふためいてることだろう。

 

 空を見上げると、雲がかかり次第に薄暗くなっていっていた。

 なんだか全てがどうでもよくなってしまった。

 父が投獄されてから、ふんだりけったりだ。様々なことが自分の悪いように進んでいく。

 この星の上でいま自分が一番不幸なんじゃないか。そんな錯覚さえしてくる。

 正直家に帰りたくなかった。

 それで、普段は足を運ばない村のバスの停留所へと向かった。

 そこはすでに使われていない駅であり、人気は皆無だった。ただ、屋根付きの木製の椅子があり、ただなにもせずに過ごすには最適の場所である。


 スカイはゆっくりと腰を下ろした。以前この村の地図を見たときからこの停留所が気になっていた。ほこりやかびなどは目立つが、思いのほか綺麗な状態だった。もしかすると村の子どもたちがときおり遊び場として使っていたのかもしれない。

 ここは一説によればヘルが落とされたことで、使われなくなったという噂があるそうだ。それまでは隣村とこの村をつなぐ重要な拠点だったが、ヘルによって需要がなくなったという話だ。その他にも、帝国がヘルの跡地の調査のために、このあたりまで規制を敷いたために使われなくなってしまったなんて話もある。


 なにが本当なのかなんてわからない。ただ確実にいえることはヘルが現状を生み出したということ。使われなくなったことで、ここはいつの間にか人々から忘れ去られてしまったのだ。

 ローグレイという家に生まれたスカイ。いまはまだ、多くの人間が自分のことを白い目で見てくる。でもいずれはみなローグレイ家のことを忘れてしまうのかもしれない。

 スカイ自身は絶対に父の無念を忘れないだろう。後ろ指をさされたことも、罵倒されたことも。

 けれどもスカイに害を与えた人間も、それを素知らぬふりをしながら見ていた人間もきっとスカイのことを忘れるのだ。なんだかそれはひどく不公平だと思った。


 一方的に相手を傷つけた人間が有利で、そうじゃない人間は苦しむことになる。

 星においても同じだ。帝国は苦しめる側であり、フィツアはそれによって苦しんだ。


 そう考えてみると、この停留所には好感が持てる。似たような境遇を辿っている。

 スカイは思わず自嘲気味に笑った。久しぶりに口が三日月を描いた気がした。


 ぽつ、ぽつ。

 不意に水の音が聞こえ始めた。

 雨だ。

 はじめは数滴だったが、すぐにざーっと視界を覆うくらいの雨が降り出した。

 鞄の中を探ってみるが傘は見つからない。

 雨予報だなんて知らなかったからしょうがないか。もういっそ、この場所で今日は泊まってみようか。

 お世辞にも寝心地がいいとは言えないが、鞄を枕にして椅子に横になれば寝られないこともなさそうである。


 そんなことを思っていると、不意に足音が聞こえた。音のする方へ視線を向けるといくつかの人影が見えた。どうやら複数人いるようだ。次第にこちらへと近づいていくる。雨宿り目的の人間だろうか。この時間にこんなところに人が複数人いるとも考えづらいが、まあそんなこともあるのだろう。

 ここで寝泊まりする計画は考え直さないとかな、なんて暢気に立ち上がった。

 すぐに人影は停留所の屋根の下へとやってきた。


「どうも、こんにちは」


 スカイは軽く会釈した。

 人影の正体は二十から四十歳くらいの男女五人だった。


「ああ、こんにちは」


 その中で中心人物のようなスキンヘッドの男がにやりと笑う。

 ぞくりと背筋が凍るのを感じた。この男はまずい、そんな感覚があった。


 雨は強いがここを離れるべきだろう。そう結論づけてそれではと小さく呟いて足早に停留所を離れようとする。だが、スカイの肩ががしりと掴まれた。


「どこへ行くつもりだい、スカイ・ローグレイくん」


 スキンヘッドの男は気味の悪い笑みでそう問いかけてきた。

 一体全体なんだというのだ。スカイは他の面々を見やる。みな一様に薄気味悪い笑みを貼り付けてスカイを見ていた。


「僕らはね、君に用事があるんだよ」


「やめろ」


 スカイは身体をひねり、男の腹に蹴りを入れる。だが、びくともしない。

 にちゃと男は笑った。

 そして次の瞬間顔の左側に強い衝撃を受けて身体が吹き飛んだ。雨で濡れた地面にそのままつっこむ。

 倒れたときにようやく理解した。はたかれたのだ。男の分厚い右手によって。ものすごい威力だった。頬がじーんと痛む。


「アグトーさん。あんまりやると死んじゃいますよ」


 金髪の女がそんな不穏なことを口ずさむ。


「ああ、そうだったね。じゃあひとまず拘束しようか」


 そして、五人が近づいてきた。スカイは逃げなきゃと身体を動かそうとする。だが、思うように動かない。そればかりか、頭がくらりとして、目の前の景色が歪んでいく。そうして、スカイは意識を失った。

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