第3話 運命の出会い➂
それからというもの、スカイはレインやヘイルと張り合いだした。
テストの点数や体育の成績、宇宙への知識量などことあるこどに勝負を仕掛ける。結果はスカイのボロ負けだった。というのも、レインとヘイル二人を相手にしていたからだ。
レインは不利な勝負とわかるや否やヘイルに任せた。そして決まってレインの苦手な分野についてヘイルは得意だった。
その日もいつものように数学のテストの点で勝負を仕掛け、レインに敗北した。
「くそっ、また負けた」
スカイは地団駄を踏んだ。これで戦績は三勝二十五敗となった。
ファツア星立小でも上位の成績を取り続けていた身からすれば、非常に屈辱的だった。
しかも、レインは勝っても当然とばかりのすかした表情でいる。全くもって腹立たしい限りだ。
どうすればあいつらの悔しい顔を見ることができるのだろうか。スカイは放課後に教室に残り、白紙のノートを開いて考えてみた。
「あんた、物好きねー。あいつらと毎度毎度勝負して」
不意に声がかけられる。
振り返ると、ショートカットの少女が立っていた。
「誰だお前?」
「誰って、同じクラスのムーンよ」
スカイは首を捻った。
さっぱり思い出せないでいた。そんな生徒いただろうか。
「なによ、その反応。私のこと知らないわけ?」
スカイは頷いた。
するとムーンはきっと鋭い目つきでスカイを睨んだ。だが、すぐにはあと小さくため息をついて顔を緩めた。
「まあいいわ。そんなことより、あいつらと争うなんてあんたも馬鹿ねえ」
「それはどういうことだ?」
「あの二人はずっと小さい頃から勉強や訓練ばかりしてるのよ。それはもうずっとね。だから争うだけ無駄だわ」
ムーンはややむくれた様子でそう言う。
小さい頃からとういと、彼女が二人のことをずっと前から知っているのだろう。ただ、争うだけ無駄という言葉はいただけない。
「僕だって、この星一と名高いフィツア星立小で上位の成績を取り続けていたんだ。だからこそ、絶対に勝つんだ」
それは自分の力の証明であると同時に、気にくわないレインを打ち負かして悔しがらせたいという欲求からくるものだった。
「あっそ。せいぜい頑張れば」
ムーンはそうつまらなそうに呟くと、去って行ってしまった。
「なんだったんだ、あいつは」
スカイはふつふつと怒りを感じた。
だが、それもすぐに治まった。怒っている場合ではないのだ。レインとヘイルに打ち勝つにはいまのままではだめだということがムーンとの会話の中で分かったのだから。
スカイはぎゅっと拳を握るとノートを片付けて駆けだした。
それからも、スカイはレインとヘイルに勝負を挑み続けた。
しかし、結果は散々だった。そして、ときおりムーンがあおりにくる。
そんな日々に、スカイは苛立ちを募らせていった。どれだけ頑張っても、自分の思った通りにすすまないのだ。
やがてムーンだけでなく、他のクラスメイトまでもがスカイに嘲笑うかのような視線を向けるようになってきた。それがスカイの心をより一層乱れさせる。
次第に学校という場に居場所を見つけられなくなった、スカイは欠席や早退を繰り返すようになった。
基本的に早退や欠席を繰り返す生徒は先生の目にもとまりやすくなり、場合によっては保護者への連絡を取られることにつながる。しかし、スカイは上手く頻度を調整しつつ、先生に対しては体調が悪いキャラクターであることを錯覚させ、上手く誤魔化していた。
きっとこのまま、学校にすらあまり通わないろくでもない学校生活が続くのだろう。そう思っていた。
けれども、それは思わぬところで齟齬を起こした。
それはスカイがタイル小に通い始めてから十ヶ月が過ぎようとしていた頃。
その日はなんとなく学校に行く気が起きなかったため、学校に欠席連絡を入れ、親には学校に行くと嘘を言って外をぶらついていた。
早退や欠席のさい、村のあらゆる場所をお散歩していたため、どこも見慣れた景色になっている。ひとまず、自然豊かな高台へ行くことにした。
標高五百メートルほどの高台を登り、柵へと手をかけて下を見下ろす。そこからは村が一望でき、その先には小さく高層のタワーや建物も見えた。
ここからずっと行けば都市部へとつながる。そしてその先にはフィツア一の都市、アルタがある。スカイの通っていた学校やもともと住んでいた家もそこにある。
交通機関を利用すれば半日くらいで辿り着ける距離だ。でも、いまのスカイにはとても離れて見えた。以前とは違い、そこには自分の居場所なんてないのだ。
スカイは小さくため息をつくと、振り返って今度は反対側の柵へと足を運んだ。
そして、顔を強張らせる。スカイの視線の遙か先には丸く抉れて黒い土がむき出しの土地があった。半径は数百メートルに渡っている。そのまわりは木々や草花が生い茂っているのに、そこだけぽっかりと空いてしまっているのだ。
何度見ても恐ろしい光景だと思った。
それは、この宇宙を支配する帝国によって作られた超小型爆弾ヘルによってできたこの星の傷跡だった。
帝国は、全宇宙の四分の一ほどの空間や星を支配する国家である。帝国の祖は、惑星カルーナの王、ミグルスである。いまから百五十年程前。まだ星々による争いが絶え間なく続いていた時代に、戦争をなくすため、まわりのいくつかの惑星の王との間で同盟を結び、帝国を組織した。そして、戦いに明け暮れる星々を打破し、中立的な星々を取り込んでいき、その支配権を広げていったのである。
宇宙にはまだまだ未開の星や空間も多く、いま基本的に地図に載っている星のほぼすべてが帝国の支配下に置かれている。つまり、宇宙の支配者として君臨する国家なのだ。
逆らえばその軍事力によって潰される。
そして、フィツアが帝国に逆らったなれの果てこそがスカイの瞳に映る風穴だった。
あれは五年前のことだ。その頃はフィツア出身の人物らが統治する間接統治が敷かれている現在とは異なり、まだ宇宙を支配する帝国からの介入が大きかった。そのため、フィツアのトップや上層部には帝国から送られてきた人物が多数いた。
そんな現状に不満が起きないはずもなく、フィツアでは反帝国組織が存在しており、自分たちによる統治を求める運動が起こっていた。
もともとフィツアはカルーナからはかなり離れた場所にある星であり、帝国統治下に加わったのは五十年前のことだった。フィツアの周辺では数多くの宇宙ギャングが活動していたこともあり、治安維持などの理由もあって当時の権力者トップであったネイトースがその傘下への加入を表明したのだ。
はじめこそ帝国によって、他の星との貿易や人の行き来がより安全になるという恩恵があった。しかし、次第に帝国からの規制が増えていき、帝国出身の権力者による横暴もあって人々の不満は高まっていった。
そして五年前。反帝国組織の一つ、レジックが暴動を起こす。
人々はそれに呼応し現体制を打破しようとするが、帝国が当時試作段階であった小型爆弾、ヘルをレジックの拠点が置かれていた村へ落としたのだ。
当時、数百人が暮らしていたその村は一瞬にして消滅した。その死者の大半は何の関係もない一般人だった。生き残ったのは偶然そのときに村から出ていた数人の人々だったそうだ。
その後、反帝国運動はピタリとやんだ。その一撃が彼らの牙をもいでしまったのだ。
そして、帝国側でも統治体制のずさんさの反省からか帝国出身の人間は星の上層部から一掃され、実質的には帝国の支配下にはあるが、フィツア出身の人間たちをトップや有力者とする統治が始まったのであった。
「いつかこの傷が癒えることがあるのかな」
スカイはヘルによって開けられた風穴を見つめながら、胸に手を置いて、そう呟いた。
ひゅーっと風が吹き、木々や草花を揺らす。スカイは小さく息をもらすと、風穴に背を向けて高台を下り始めた。
頭上にあった日はゆっくりと傾きはじめ、青かった空は赤みを帯び始める。
思ったよりも高台でゆっくりしてしまったようだ。このままだと少し帰りが遅くなりそうである。
スカイは歩くスピードを速めた。
高台を下り、木々や畑に囲まれた道を通り抜けて、おんぼろな我が家へと辿り着く。
「ただいま」
家の中に入るも、母の声が返ってこない。
一体どうしたのだろうか。
不審に思い、リビングへ足を運ぶと椅子に座る母の姿があった。
「どうしたの、母さ――」
スカイは母の手元にある資料を見て言葉に詰まった。
そこには、学校で配られる課題やプリントがあった。どれも見覚えがない。今日、配られたものであることは間違いなかった。
「これね、スカイのクラスメイトのレインくんとヘイルくんが届けてくれたのよ」
スカイは押し黙った。
つまり、母に学校に行っていないことがばれたということだ。
「ごめんね、スカイ」
母はそう言葉を続けた。
謝罪。それはスカイの心にどすりと突き刺さった。まだヒステリックに叫びながら怒られた方がいい。
「あの頃みたいな生活ができなくなってしまって……」
母は涙を流していた。スカイはやるせなさを感じた。でもぶつける先はどこにもない。
スカイはこぶしをぎゅっと握りしめると、そのまま母に背中を向けて自室に駆け込んだ。後ろからスカイを呼ぶ声が聞こえたが無視した。そして、鍵をかけると扉を背にしてへたり込む。
「ちくしょう……。あいつらのせいで……」
スカイはそう苛立ちを込めて呟く。その瞳からは雫がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
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