第2話 運命の出会い➁

 スカイがタイル小学校に通い始めてから三ヶ月が経過した。

 とくに変わり映えのない平凡な毎日が流れていく。そんな日々に埋没していく感覚。だが、なにができるわけでもなく、虚しさだけが募っていく。


 ある日のお昼時。

 スカイが中庭を歩いていると、二人の少年の姿が目に入った。

 どちらも見覚えのある顔だった。たしか同じクラスの生徒だったはずだ。どちらも教室では大人しいタイプであり、名前を思い出せない。

 屋外のテラス席に座り、紙を広げて議論をする二人。そんな姿に好奇心が生まれ、スカイはなんとなく二人の方へ近づいた。


「なにをしているんだい?」


 スカイはそう声をかけるのと同時に、机に視線を向ける。そこには地図があった。宇宙地図である。小さな文字がびっしりと書き込まれていた。

 一人の少年がゆっくりと顔を上げた。目つきの鋭い少年だとスカイは思った。


「お前は、えーっとスカイだったか。俺とヘイルで宇宙について見ているんだ」


「へー、面白そうだな。あー、すまない。君たちの名前を聞いてもいいかな?」


 普段絡むことがなかったため、転校してから三ヶ月が経とうとしているが、未だに名前が分からないのだ。ただ、二人はそんなスカイにさして気にした様子も見せなかった。


「レインだ。それからこっちが――」


「ヘイルです」


 眼鏡をかけた少年がにこやかに会釈する。

 敬語なところに若干の引っかかりを覚えた。変わったやつなのかもしれない。だが、そこはとくに指摘しなかった。


「レインとヘイルか。じゃあ、僕も改めて自己紹介するよ。スカイ・ローグレイだ。よろしく」


 スカイは軽く会釈して、それから地図に目を落とした。


「しかしすごい知識量だな。うちの学校でもここまで細かく習っていなかったぞ」


 星の地理的環境や文化、文明レベルなどがこと細かに記されている。並大抵の勉強量ではないことは一目瞭然だった。


「スカイくんは転入生でしたもんね。以前はどこの学校に通われていたんですか?」


「フィツア星立小だ」


「おお。フィツア一と名高い小学校ですね」


 ヘイルが感嘆の声を上げる。

 フィツア星立小学校は、フィツアにおける最難関の小学校だ。入学試験の難易度も桁外れではあるが、学費も高く、富裕層が集まっている。そして、カリキュラムが他の小学校よりも濃密に様々な分野を学べるようになっている。

 ただ、スカイはそんな学校の嫌な面もたくさん見てきていた。


「別にそんなことはないよ。お金持ちばかりが集まった学校だ。人を親の地位で判断する奴ばかりだ。内部ではマウント合戦が繰り広げられていてひどいものだったよ。教育に関しては一流だったけどね」


 あの学校は歪な構造をしていた。子どもは親の権力をもとに同級生への態度を変える。親同士は自身の格を競うために子どもたちを用いて張り合っている。もっとも、スカイの父はそういうことには無頓着な人間ではあったが。


「そんなことより、君たちは普段どこで勉強しているんだい?」


「星立第八図書館だ」


 レインが即答した。

 星立図書館。それはフィツアの星内にあるフィツア政府が管理する巨大な図書館である。第一から第八まで存在し、各エリアに点在している。

 基本的には数字が小さいほど、都市部に置かれており、蔵書が豊富になっている。論文や研究所を中心に多種多様な本が納められていることから、研究者や大学生御用達となっている。

 フィツア星立小に通っていた頃も星立図書館を利用する生徒はほとんどいなかった。小学生で利用しているということ自体が非常に驚くべきことだ。

 それにこの村から最短の星立図書館は第八図書館であるが、片道で電車を使うと三時間ほどかかる。往復六時間。気軽に行って帰ってこられる距離ではない。


「君たちはとても勉強熱心なんだね。それは立派なことだと思う。この学校はひどい学生ばかりだと思ったが、君たちみたいな人もいるのだと分かって嬉しいよ。ぜひこれから仲良くしたいな」


 スカイは右手を二人の前に出した。


「悪いが断る」


 しかしレインはそんな誘いを一刀両断した。


「な、なんでだ」


 スカイにはその意図が分からなかった。自分と同じように能力や意欲の高い存在であり、話も合うだろうからきっと仲良くなれるだろう。


「もしかして、僕が権力者の息子ではなくなったからか」


 スカイは思い出す。没落と同時に自分から離れていった数多の人々を。結局、彼らはスカイではなく、地位や金が目的で近づいてきた。この二人もそんな奴らと同じなのか。

 レインはそんなスカイを見て、はっと鼻で笑った。


「んなわけねーだろ、馬鹿が。そんなものに興味なんかねーよ。そうじゃなくて、お前自身に反吐が出るから嫌なんだよ」


 スカイはその言葉に強烈な驚きを覚えた。

 反吐が出るから嫌。そんな言葉を浴びせられたことはこれまで一度もなかった。


「はあ。分かってないみたいだな。いいか、お前はさっき俺にこう言ったな。前の学校は親の地位で相手を判断すると」


「たしかに言った。でもそれがどうつながるんだよ」


 スカイは思わず声を荒げる。


「そしてお前はこうも言った。この学校はひどい学生ばかりだと」


「実際その通りじゃないか」


 淡々としているレインに詰め寄り、肩を掴んだ。


「お前は親の地位という基準で人間を判断する人間を軽蔑しているようだが、うちの学校の連中を勉強という基準で判断しているじゃねーか。結局、同じ穴の狢なんだよ」


「ち、違う。それはおかしいだろ」


 スカイはひどく憤慨した。星立小に通っていたときの同級生と一緒。それは彼にとって最大の侮辱だった。


「いや、なにもおかしくない」


 レインは鋭い目を向けてそう言い切った。


「お、お前たちだっていま勉強しているだろ。それで、勉強ができるっていう視点からなにもしていないクラスメートのことを蔑んでいるんだろ」


「苦しくなったからって、今度は俺らを糾弾するのか。だが、大前提としてお前は間違っている。俺たちは別にクラスの奴らに興味は無い」


 スカイはすぐさま言い返そうとした。だが、レインの瞳を見て確信した。彼は真実を語っている。

 スカイは肩を掴んでいた手を離すと、小さく後ずさりして、二人を視界に入れて問うた。


「なら、君たち二人はなにを目指してそんなに勉強しているんだ?」


「それは、て――」


 ヘイルがすさまじい速度でレインの口を塞いだ。


「て?」


「天文学です。宇宙は神秘に包まれますから」


 レインの口を押さえたまま、ヘイルが早口で答えた。

 スカイにも分かった。ヘイルは嘘をついている。

 ヘイルは机の地図を一目散に片付けると、口を押さえられたことに怒りを露わにしているレインの手を引き、それではと去っていった。


 スカイはしばらく呆気にとられていたが、次第に落ち着きを取り戻した。そして、それと同時に沸々と怒りがこみ上げてきた。


「あんなやつらと、絶対に仲良くするもんか」


 そう捨て台詞を吐いて、スカイはどすどすと足音を立てながら教室へ戻っていった。

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