第4話
星斗と話をした翌週、紅太郎は準備会に
二人が入ってきたのを待ち構えていたように、ひよりが駆け寄ってきた。
「こんにちは! 会長の
「なんだその嘘くさい芝居」
遅れて後ろについてきた星斗がつぶやくと、ひよりは笑顔を引きつらせた。
「こ、こんにちは……く、雲出玲央です。あ、あの僕、軽音部にも入る予定で……たいしたお手伝いはできないかも……しれないんですけど。せ、せいいっぱいがんばります!」
玲央が急に頭を下げて自己紹介した。隣にいる紅太郎の腕に髪の毛があたるくらいの勢いだった。
ひよりは目を丸くして紅太郎と顔を見合せる。
「よろしくねー! 紅太郎君から聞いてるよー。前の会長も兼任でやってたくらいだから全然大丈夫!」
玲央が顔を上げるとすぐに親しみのある笑顔でひよりが言い、後ろにいた星斗も挨拶のつもりなのかぺこっと頭を下げた。
「雲出君は紅太郎君がこっちに来る前の友だちなんだよね?」
ひよりが積極的に会話を繋いでくれたおかげで、初対面のぎこちなさは段々とやわらいでいった。星斗はずっと後ろで書きものをしていたが、最初の挨拶だけでも上出来である。
しばらくすると、玲央がふいにきょろきょろと辺りを見回した。
「あはっ、変な建物だよねー」
「は、はい! いえ……」
準備会で使っている塔はトリス学園の創立前からこの場所に建っていたもので、奇妙な前歴を持っている。一年時にはそれが原因で紅太郎たちはずいぶん振り回されたのだった。
外からは分からないが塔のぐるりを取り囲むように階段があってバルコニーに出られるようになっていたり、変な位置に窓があったりする。
玲央が興味を示すのを見ていた紅太郎はふいに記憶がよみがえった。
「あ! そっか、レオってそういえば霊感あったよな?」
「そうなんだ! え? ここ、やばいかな?」
ずっと昔、紅太郎は玲央と近所に住んでいた子どもたちで肝試しに出かけたことがあった。学校で幽霊が出ると噂になっていた廃墟だか廃病院に忍び込もうとしたが、玲央だけは紅太郎の服の裾を掴んだまま頑として中に入ろうとしなかった。
「い、いえ! やばいとこには僕入れないんで……な、なんていうかここは、空っぽですね」
「空っぽかぁ……」
紅太郎は高い天窓のある塔を仰いだ。
そういえば、あの時は廃墟に忍び込んだ上級生たちが怪我をして結構な騒ぎになった。玲央と紅太郎は一応止めたということで保護者に怒られずに済んだのだった。
「は、はい。なんていうか……抜け殻みたいな?」
「じゃあ今は大丈夫ってことだよね?」
「た、たぶん? ぼ、僕もよくわからないですけど……ただ、ここは悪い場所じゃない……と思います」
おずおずと説明する玲央にひよりの声が明るくなる。
「よかったー! ただでさえ人手不足なのに心霊スポットになったらますます人が寄り付かなくなっちゃう」
「もうなってるだろ」
机に座って書きものをしていた星斗がまたぼそりとつぶやいた。
ひよりは振り返って睨んだようだが、星斗が顔をノートに伏せたままなので効果がなかった。紅太郎も苦笑いしつつ、事実なのでフォローもできない。
例年ならある程度の人数が毎年入るはずの準備会に去年は三人しか入らなかったのは不気味で不便な場所に活動拠点が移動したことも大きかった。
ひよりは紅太郎と玲央に向きなおると、笑顔で仕切りなおした。
「そんなわけで、今はわたしたち三人と雲出君だけだけど……五月にある部活・同好会紹介でアピールできればがっつり新規会員を掴むチャンスがあるから!」
「そ、そうなんですね……」
「そうなの! だから今後ろで関係ないって顔してる星斗君……てほら! ちゃんと自分で挨拶してよ」
ひよりに促されて星斗はしぶしぶ前に出てきた。
「……烏丸星斗です」
「よ、よろしくお願いします……」
紅太郎は距離がある二人にどこかでほっとする。しかし、そんな自分の心の動きに戸惑った。
「それだけ? もー……えっと、星斗君は脚本部門担当なので部活紹介で何するか考えてもらってたんだけど……」
「俺はやるとは言ってない。だいたい脚本と部活紹介は関係ないだろ」
段々と喧嘩腰になってきた星斗にひよりの眉間に刻まれた皺が深くなる。紅太郎は間に入ろうとしたが、先に動いたのはひよりだった。
「あははー! そうだよねぇ……ごめん、雲出君。打ち合わせ不足だからちょっと待っててくれるー?」
「は? 打ち合わせってなんだよ」
ひよりは星斗を引っ張って入り口付近にある幕内につれていった。すれ違いざま紅太郎にアイコンタクトをとっていく。紅太郎は頷き返して──星斗には恨まれるかもしれないが──玲央に向き直った。
「レオ、ごめんな」
「え? う、ううん!」
「いっつも大体こんな感じなんだ。映画準備会っていってもまだ全然形になってなくて……」
前会長である雪花がそれまで出来レースだった卒業制作に関する諸々を改革した為、前年までとは勝手が変わった。以前より公平で透明性のある選定になったものの、全てが手探り状態だった。
紅太郎がそのあたりの事情を説明すると、玲央は軽く頷きながら話をきいていた。
「雰囲気がわかるかと思って来てもらったけど、全然無理しなくていいからな。ゆっくり考えてからでも……」
「ど、どうして? 僕入りたい」
きっぱりと答えられて、紅太郎は驚いた。さっきのやりとりを見た上で即答されるとは思っていなかった。
「え? いいのか? 上級生が三人いるからって遠慮しなくていいんだぞ」
紅太郎がうろたえながら言うと、玲央は笑った。
「ち、違うよ! だって、こうちゃんはここでがんばってるんでしょ? だ、だったら僕も役に立ちたい」
せっかく会えたんだから、と玲央は強調した。前髪からのぞいた瞳に強さがある。十年も会っていなかったのにここまで慕ってくれているとは──紅太郎は玲央が準備会に入るのに必ずしも前向きになれない自分を恥じた。
「そっか……ありがとな。みんな、喜ぶよ」
「こうちゃんは?」
「え?」
玲央は下を向いてシャツの裾を握りしめている。ためらいを滲ませながら再び口を開いた。
「こうちゃんも嬉しい?」
「おう! 当たり前だよ。よろしくな」
罪悪感も相まって、意識して声を張った。円形になった塔の中では驚くほど壁にあたった声が反響する。紅太郎は下を向いている玲央に片手を差し出した。
──せっかく再会できたんだ。昔のことなんて気にすることない。
玲央は紅太郎が差し出した手を見て驚いたように顔を上げた。おずおずと握り返された手の平は汗でしめって熱かった。
***
昼休み、渡り廊下へ出る階段の踊り場で星斗は一人、部活紹介の案を練っていた。どの教室からも遠いその場所は人通りが少なく考え事をするのにぴったりだった。にもかかわらず、さっきからノートに書いては消しを繰り返している。
──クソッ、椿原のやつ余計なこと押し付けやがって……。
ひよりから準備会の人集めをしないと映画制作ができない、と詰められて星斗は不承不承協力することになった。短い紹介映像を作るか、あるいは小演劇をやるところまでは決まっていたが、肝心の内容は丸投げされた。
──早くプロットを直して脚本を完成させなきゃいけないのに。
ため息をついて頭をかき回した時、渡り廊下と踊り場を隔てる引き戸の開く音がした。星斗は引き戸に背を向けて階段に座っていた。すりガラスで遮られていた真昼の光が差し込んでくる。
「紅太郎、早く閉めろよ。まぶしいだろ」
星斗は顔も上げずに不機嫌な声を出した。わざわざこんな場所までやってくるのは紅太郎がくらいしかいなかった。別に待ち合わせをしているわけでもなかったが、用がなければいつもここで昼を食べている。
「……あ、あの!」
だから、紅太郎の声ではないかすれた低音が聞こえてぎょっとした。振り返ると星斗が座っている階段から見上げる位置に黒い影が立っている。星斗は逆光で表情が見えず、とっさに腰を浮かせた。
「す、すみません! こ、こうちゃんじゃなくて……」
「オマエ……えーと」
おずおずした喋り方に聞き覚えがあった。星斗は名前を思い出そうと記憶を辿る。準備会に紅太郎が連れて来た──太陽が雲で隠れたのか相手の姿がやっと見えた。白黒まだらに染まった長い前髪で目元が隠れている。
「れ、玲央です。雲出玲央」
「ああ……何の用だ? 今は紅太郎いないけど」
玲央は渡り廊下から踊り場に足を踏み入れると、そっと後ろ手にドアを閉めた。その場に突っ立ったまま、シャツの裾を掴んでいる。星斗は一瞬驚いたのが馬鹿らしくなった。
さっさと追い払いたかったが、ひよりに新入生には親切にしろと釘をさされたのを思い出す。
「よくここがわかったな」
「あ、えっと……会長さんに教えてもらって……あ、あの烏丸先輩が部活紹介の企画担当だって聞いて……」
語尾が消えていき最後は何を言っているのか聞き取れない。星斗はノートを閉じた。「烏丸先輩」という言葉の響きは悪くない。話だけは聞いてやろうという気になった。
「ああ、不本意だけどな」
「それで……ぼ、僕、もしかしたらその……きょ、協力できるかもしれないって思って!」
態度を軟化させた星斗に対し、玲央は膝をついて階段のほうに這い寄ってきた。思わず壁のほうへ逃げると、隣に座られてしまう。遠慮深い態度のわりに距離が近いのがちぐはぐな印象だった。
「協力?」
「は、はい! ぼ、僕、バンドでボーカルしてるんですけど……リコちゃんが今ある軽音部とは別の活動をしたいって言ってて……で、でも、新しく作るんだと人数が足りないから一緒にやったら一石二鳥かなって思って……」
玲央は急に堰を切ったように喋り出した。
「おい、待て。話が見えない。リコちゃんって誰だよ?」
玲央が軽音部と掛け持ちするという話は聞いた気がするが、何をどう協力するのかわからない。それ以前に話し方が下手すぎて要領を得なかった。
「は、はい。リコちゃんは二年生で……僕が中学のときから一緒にやってて。おじさんがライブハウスをやってて……」
星斗が遮った時は一瞬黙った玲央だったが、また同じ調子で話し始める。やはりいらない情報が増えるだけで話は見えてこなかった。
「あ! か、烏丸先輩と同じ……クラス、です。たぶん……」
「は?」
「す、すみません!」
玲央がしきりに謝るなか、星斗は虚しく昼休みの終わる予鈴の音を聞いた。
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