20.空にもっとも近い場所

 砂漠は昼でも夜でも、暑くもなく、寒くもなかった。

 けれども塔の中には冷気が居座っていた。だが決してつらいものではない。涼しくて、心地がいい。風が吹けば、外から入って来たのであろう砂が香りとともに舞う。

 塔の中では、螺旋階段が頂上まで続いていた。石造りの階段で、一段上れば、かつん、と音がする。その一段一段の音は違っていて、まるで確かに、別の場所へ向かっているかのようだった。そして頂上に近付くにつれ、より空気は冷えてくる。

 そうしてやっと、シュメルヴィは頂上まで上りきった。

 頭上に現れたのは、満天の星だった。暗く濃い色の地に、点々とある宝石。

 息を呑んで、シュメルヴィは天を仰いだ。冷たい空気を吸い込めば、少しだけ肺が痛んだかのような感覚があった。

 それでもここは、美しくて。そして、なんだか泣きたくなってしまって。

 ――この天にある星の、どれが本当の星で、どれが心なのだろうか。

 この場所から見える空では、星は動いていない。どれも、本当の星なのだろうか。

 だが、視界の端で何かが動いた。そちらを見れば、白い砂漠が地平線の向こうまで続いている。その際で、細い線が走っていた――流れ星だ。星が地上に向かって、落ちている。

 心が帰りたがって、地上に落ちていっている。

 ――けれども心は、あると争いを生むから。誰かを傷つけてしまうから。

 たとえ、あらゆるものが色付いたように見えたとしても――心は、平和のために、必要ないのだ。

 先人がそう思ったように。

 白い砂漠は、どこまでも続いている。どこまでも。世界の果てまでも。夜空も永遠に続いていて、このまま夜が終わらないような気がした。星と共に、心が輝いている空。

 ――レクサルの顔が、思い浮かんだ。

 親友であるレクサル。

 たとえ、家が近いからという理由で決められた親友だったとしても。

 ――それでもシュメルヴィは、親しい友達だと思っていた。

 旅の中では、何度も苛立ち腹を立てることがあった。それでも――一緒にいて、よかったと思えることがあったのだ。

 だから。

 ……もう誰かを傷つけたくない。レクサル以外も、傷つけたくない。

 心は、いらない。

 ――ふと。

「……あっ」

 気付いて、シュメルヴィは声を漏らした。自分の胸元が、輝いていたのだ。

 その光は、するすると自分の身体から抜けていった。光の球。弱々しく、儚い光。

 これが、心、なのだろうか。

 ……他人を傷つけるというには、あまりにも、力なく思えた。

 それでも確かに、この光が自分に宿っていたのだ。そして自分を苦しめ他人も苦しめた。

 星――心。

 光は煙のように天へ昇っていく。あたかも吸い込まれるかのように。見えない手に、引っ張られるかのように。

「……待って」

 気付けば、涙を流しながら、シュメルヴィは光に手を伸ばしていた。

 けれども光は待ってくれない。天へ昇っていく。小さくなっていく。

「待って……!」

 心は離れていくというのに。

 ――どうしてまだ、苦しみがあるのだろうか。

 そして自分自身で心を捨てると決めたのに、何故手を伸ばしているのだろうか。

 ……天は、心を返してはくれなかった。

 ――光は夜空に消えていった。夜空を飾る光の一つになって、もうどれだか、わからなくなってしまった。

 心はいってしまった。

 シュメルヴィは頽れ座り込むと、両手で顔を覆って泣いた。

 失ったのだ。心による、全てのものを。

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