16.心

「――えっ?」

 ――聞き間違いだろうか。

 けれども、首を傾げたのはシュメルヴィだけではなかった。あの笑みを浮かべたままのレクサルも、首を傾げていた。

「すみません、僕、『街』のお医者の先生から、『星憑き』は世界に災いをもたらすし、なった人はすごく苦しむと聞いたんですけど」

 レクサルは冷静に尋ねる。表情一つ変えずに、事実を伝えるように。

 対して、エンケは声を漏らして笑った。それは子供のように。

 『星憑き』になって皆に妙だと言われたシュメルヴィのように。

「世界に災いをもたらす、か……『街』ではまだそういう話として伝わってるんだね……確かに、この星が悪さをしたのは事実かもしれない……星を宿していると苦しい思いをするかもしれない……でも、この『村』の全員が、君達の言うところの『星憑き』で間違いないよ。だから、『星憑き』であるシュメルヴィ君は、ここが心地いいと思うんだろうよ」

 それは一体、どういう意味なのだろうか。

「……仲間がいっぱいいるから、僕はいま、安心しているってことですか?」

 少し考えて、シュメルヴィは尋ねた。

「まあ、そんな感じかな……私達や君では、響き合えるからね」

 エンケはそう答えてくれた。そして、つと、レクサルを見て、

「でもレクサル君は『星憑き』じゃない。だから響き合えない……それで居心地が悪く感じられたんだろう」

 ――響き合う。

 ――何が?

 開いた窓から入って来た風が、蝋燭の炎を揺らす。茶の水面も揺れ、きらきらと輝いた。

 ――耳を澄ませば、不思議なことに、星の落ちる音は一つも聞こえなかった。

「……で。君達は『街』から来たんだよね。私が思うに……シュメルヴィ君が星に打たれて『星憑き』になってしまったから、それを治しにここにきた、と」

 エンケは茶を一口飲めば、そう話を続けた。

「そうです! そうなんです……僕、星を返したくて」

 シュメルヴィは顔を上げる。その胸に、手を当てて。

「『星憑き』は世界に災いをもたらすと言われました……そのことがどういう意味なのかわからないけど……星を返せば、もやもやしたり苛々したりするのが治って、もとに戻れるって聞いて……」

 もう、こんなに苦しい思いをするのが嫌だから『星憑き』を治しにきたのだ。

 やっと、元に戻れる。

 ――これでレクサルと親友同士に戻れる。

 エンケはうんうんと頷いた。

「……そうか、やっぱりか。いや、『街』からこの『村』に人が来るなんて、それ以外に目的が考えられないか……」

 しみじみと、何かを感じているかのような声だった。温かい夜に、子守唄のようにその声は聞こえた。けれどもエンケは、シュメルヴィの顔をまっすぐに見た。

「……でも、君はそれでいいのかい? 星を、本当に空に返すのかい?」

「そのために来たんですけど……」

 そのために、遥々旅をしてきたのだ。三日間の旅は、決して楽なものではなかった。

 だがエンケのその言葉は、まるでひどく惜しむようで。

 ――星を返してしまうと、何か起きるのだろうか。副作用のようなものでも、あるのだろうか。

「――君、『星憑き』になって、いままで気にならなかったものが、気になるようにならなかったかい?」

 つと、エンケは組んでいた手を解いて、膝の上に置いた。

 いままで気にならなかったものが、気になるようになった――言われてシュメルヴィは考える。ふと、レクサルの顔を見て。

「……例えば、レクサルのこの笑みとかですか?」

 気味が悪いと、感じるようになった。それから。

「『街』が静かだなぁと思ったこととかですか?」

「……うん。それじゃあ……いい、と思ったことは何かある?」

 と、エンケは質問を少し変えてくる。だからシュメルヴィはまた思い出していく。

 隣では、レクサルが不思議そうにシュメルヴィを見ていた。

「……朝日とか、夕日が綺麗だと思いました」

 また一つ、シュメルヴィは思い出す。それから、もう一度、レクサルを見て。

「……レクサルが後ろにいて、なんだかとても……気分がよかったです」

 けれどもそれが、どうしたと言うのだろうか。

 この全ては、『星憑き』になってしまったから、としか言いようがないと思うのだが。

 と、エンケは言う。

「シュメルヴィ君、それからレクサル君……君達二人は……『心』って、わかるかな」

 ――心。こころ。

 ――心?

 初めて聞いたような、聞きなれない言葉だった。

 それでもどこか、懐かしいような。

「……星を返したいのなら、私はその場所へ案内しよう。でも……君は運よく『星憑き』になったんだ。運よく……心を取り戻せたんだ。だから、返すにしても、返さないにしても……いまから私の話す、心の話を聞いてほしい」

 エンケの声は、まるでお伽噺のはじまりのように、静かに室内に響いた。

 外の子供の声や『村』の賑わいは、遠かった。

「……星っていうのはね、『心』なんだ。私達人間がはるか昔にいらないと捨てた、心。他のものに影響を与え、また影響を受けるもの、心。本来の人間の核――」

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