15.安心できる場所
その男は、エンケと名乗った。
シュメルヴィが涙を流し続けていると、エンケは背をさすってくれた。とたんにシュメルヴィは泣きつきたくなってたまらなくなったが、するとエンケは、まるで察したように軽く抱きしめてくれた。
そうしてシュメルヴィが少し落ち着いてから、エンケは『村』の中へと案内してくれた。
『村』は心地良く賑わっていた。日は沈んでいるものの、所々にある松明のおかげで、明るかった。色鮮やかで形も様々な服を着た子供達が、声を上げながら走り回っている。そして大人達もかっこうは様々で、和気藹々と何か話していたり、笑いあっている。その中をエンケの後に続いて、ピオニーを連れたシュメルヴィと、レクサルは歩く。
『街』とは全く違った。無駄もなく音もない、静かな『街』とは。目で見ていて賑やかだと感じられる。シュメルヴィは目を輝かせて、辺りを見つめていた。
隣を歩くレクサルを見れば、レクサルもそわそわしていた。しかしシュメルヴィとは違って、どことなく、困っているかのように。
「レクサル?」
気付いたシュメルヴィが首を傾げる。レクサルは小さな声で答えた。
「何だか……何というんだろう……頭が痛い? 賑やか過ぎて……」
「……体調が悪いの?」
そうシュメルヴィが心配したが、先を歩くエンケが振り返った。
「レクサル君だっけ? それは多分、君にとって、ここは居心地が悪く感じられる場所だからだよ……もうすぐで私の家だ、少し我慢していてくれ」
――レクサルにとっては、居心地が悪い?
意味が分からず、再びシュメルヴィは首を傾げる。するとエンケは、視線をシュメルヴィへと移した。
「……君は違うね。君はさっき泣いてたし……『星憑き』だね?」
「……そうです!」
『星憑き』であることは、まだ一言も言っていない。けれども、どうしてエンケはそれを見抜いたのだろうか。
エンケは『村』の中を進んで行く。時折、『村』の住人に声をかけられると、言葉を返す。住人達はシュメルヴィとレクサルにも気付けば、こちらにも挨拶をしてくれる。
「あら、遠くの『街』から来たのかしら。大変だったでしょう」
「おや珍しい……ゆっくりしていきなよ!」
そして子供達も、二人に興味を持つ。
「『村』の外から来た人だって! すごいね!」
「砂漠をずっと進んできたんだよ! ねえねえ、お話聞かせて!」
どの声も、温かい。と、遠くを見れば幼い子供を連れた一家がこちらを見ていることにシュメルヴィは気付いた。母親と目が合えば、その母親は、子供に手を振ってごらんと促し、言われて子供は恐る恐る手を振る。だからシュメルヴィはなんだか嬉しくなって手を振り返したが、レクサルはどこか怯えたように目をそらしていた。
「あれが私の家だよ」
少し進んで、やがてエンケが先にある一軒を指さした。たどり着けば、扉を開けて「どうぞ!」と入れてくれた。そして、一室まで案内してくれて。
「じゃあ、改めて――私はエンケ。この『村』の、村長さ」
エンケは二人を椅子に座らせ部屋に残してしばらくして、茶を二人の前に置いた。そうして彼は、二人と向かい合うように腰を下ろした。
「『街』からここは、遠かっただろう……遥々、ようこそ!」
その笑顔が、また温かくて、泣き止んでいたシュメルヴィは耐えられなくてもう一度目元を擦った。すでに目元は、赤色を帯びていた。
どうしてここは、こんなにも居心地がいいのだろうか。賑やかで、温かくて。
「……レクサルです。ピオニー牧場で仕事をしています。十五歳です」
改めての挨拶を受けて、レクサルも改めて淡々と名乗る。その顔の笑みは、エンケとは全く違う笑みだった。
まるで『街』の笑みと、『村』の笑み。
「……シュメルヴィです。僕もピオニー牧場で仕事をしています……十四歳です、でも、あと十日ほどで十五になります」
続いて、シュメルヴィも自身を落ち着かせてもう一度名乗った。だがやはり落ち着けない。苛々やもやもやとは違うのだ。とても、身体が楽になったようで。
すると、エンケが、
「ああ、大丈夫だよ……落ち着くのは、ゆっくりでいいよ……君、ここに来て、すごく気分がよくなったんだろう?」
その通りで、シュメルヴィは頷いた。その通りだ。気分がすごくよくて、やっと解放されたようで、開放感があって、それで耐えられなくなって。
「……どうしてここは、こんなにも……こんなにも、いい場所なんですか……?」
うまく言葉が紡げないものの、ただただ不思議に思って、シュメルヴィは尋ねた。
ここは『街』とは全く違う空気に満ちているように感じた。『街』に溢れるあの笑みを、『村』の誰も浮かべていないからだろうか。それとも。
エンケは手を組み、肘をテーブルについた。そして笑いが混じった声で教えてくれた。
「いい場所か……それはね、この『村』にいる全員が、君と同じ『星憑き』だからだと思うよ?」
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