06.『星憑き』
――深呼吸を、する。
胸の上下を、感じる。身体の感覚を、感じる。わずかに声を漏らせば、その声が自身の耳をくすぐる。
そうして、シュメルヴィは目を覚ました。
いつの間にか、見知らぬベッドに寝かされていた。ぼんやりと、天井を見つめる。ここがどこなのか、何故ここにいるのか、わからなかった。
けれども、再び深呼吸をすると、身体がひりひりと痛んで。
「……そうだ、僕、階段から」
そうしてやっと、シュメルヴィは何が起きたかを思い出した。
――と、誰かが上から顔を覗き込む。
「――シュメルヴィ、目が覚めたかい?」
「……ゲイル!」
シュメルヴィが横たわるベッドの隣。そこに立っていたのは、突き飛ばし怪我を負わせてしまったゲイルだった。見れば、頭に包帯を巻いている。
シュメルヴィは全員が痛むのもいとわずに、飛び起きた。
「ゲイル! 怪我は? 怪我はどうなったの! 僕、君を……」
「ほら、騒がない。そんな大声を出して……僕は大丈夫だよ、手当してもらったし」
ゲイルはあの笑みを浮かべている。と、今度はゲイルが、
「それより、シュメルヴィこそ、大丈夫? 君、階段から落ちて気を失ったんだよ。それで僕達、そのままにできないから病院に運んで……」
「……病院?」
ということは、ここは病院なのだろうか。ゲイルも手当てをしてもらったと言っていたし、そう思って間違いなさそうだ。
と、ゲイルは部屋の扉へと向かって行く。
「それじゃあ、僕、君が目を覚ましたら教えてくれって先生に言われてるから……伝えてくるよ。そうしたら、僕はもう先生にいいって言われてるから、牧場に帰る……それじゃ」
ゲイルはシュメルヴィに背を向ける。
けれどもシュメルヴィは慌てた。
「ゲイル!」
名前を大きな声で呼ぶ。するとゲイルは振り返って。だからシュメルヴィは。
「……本当に、ごめん。怪我のこと」
「いいよ。謝ってくれたから」
ゲイルの許しの言葉は、ごく自然に返って来た。
――謝られたら許す。それが決まりであるから。
けれども、ゲイルは。
「……それに、君が変なの、先生によると何か理由があるらしいから、仕方がないよ」
その言葉の意味が、シュメルヴィにはよくわからなかった。だが意味を聞こうにも、ゲイルはシュメルヴィが首を傾げている間に、病室から出て行ってしまった。
それよりも、だ。
――ゲイル、怪我がそんなにひどいものじゃなくて、本当によかった。
自分のことのように、一人残されたシュメルヴィは深い溜息を吐いた。もし、もっとひどい怪我だったなら。自分は本当に、なんてことをしてしまったのだろうか。
……そう思っていることに気付いて、シュメルヴィはまた、胸の中のもやもやに気付く。
何故、そう思ったのだろうか。自分は謝って、ゲイルは許した。それで、全てが終わりのはずなのに。
ゲイルは確かに許してくれたのだ。だが、どうしても、自分が謝ったような感覚は、一つもなかった。
――しばらくして、病室に男が一人やって来た。それが、医者だった。
「やあ。おはよう」
医者の男は、部屋に入ってくると挨拶をする。
「どうだろう、階段から落ちたんだ、身体は痛いかな?」
「痛いです」
「そうか。でも骨が折れたりはしていないし、こうやって話してると、打った頭も問題なさそうだね」
医者は淡々と、記録をとる。しかし、ふと、その手が止まった。顔を上げれば、ベッドにいるシュメルヴィを見つめる。
「――ただ、聞いた話だと、君の中身に、問題がありそうだ」
「……中身?」
意味が分からない。自分の中身、なんて。
しかし――胸中にあったもやもやの感覚を思い出す。
中身。
医者は言う。
「君の仕事仲間から聞いたよ……どうやら今日の君は『子供っぽい』と。すぐに大声を出したり、理不尽な行動に出たり……」
「……先生まで、そういうことを言うんですね」
思わずシュメルヴィは顔をしかめた。本当に、何なのだろうか。すると、医者は、
「……それから、私の話にすぐ納得しないで疑問を持つね」
「……そう、ですね」
言われてシュメルヴィは気がついて、はっとした。
思えば牧場にいた時からだった。人の話を素直に聞いていなかったのは。
いつもは聞いているのに。人の話を素直に聞くこと、それが平和に暮らしていくための、必要なことだと、教えてもらったのに。
本来なら、医者がそうだと言えば、そうなのだ。
けれども自分は、いま、疑問を抱いた。
「……子供っぽい言動……それから秩序を乱すような思考」
医者は声を漏らしながら、記していく。
――子供っぽい言動に、秩序を乱すような思考。
言われてしまえば、確かに今までの自分はそうだと我に返って、シュメルヴィは言葉を失った。
まるで、昨日の自分と今の自分、別人のようだ。
と。
「……シュメルヴィ君、君はまだ、十四歳だよね? もしかして、十五歳の夜を過ごしていないのに、夜、『街』の外に出たこと、最近あるかい?」
医者は責める様子も、慰める様子もなく、微笑んでいる。淡々と、診断をするように。
「その時に、星に打たれた、なんてことは、あった?」
「星に、打たれた?」
思わずシュメルヴィは鸚鵡返しした。あの星に打たれる、なんて。子供の発想ではあるまいし。
だが。
昨日の日暮れ。夜になっても『街』の外にいた。そして、後頭部で輝いた光。
――まさか。
「……どうかな、心当たり、ありそうかな。どうかな」
シュメルヴィは明らかに心当たりのある顔をしていたが、医者は微笑んだまま、尋ねる。
「……あります。昨日の夜、外に出てて……頭の後ろで何か光ったと思ったら、僕、倒れてたんです」
長い沈黙の後、シュメルヴィはそう認めた。
あの時、星が落ちてきたようだと思ったが、まさか本当に落ちてきていたなんて。
そもそも、星が人に落ちてくるなんて。けれどもその星と、いまの自分、何の関係があるのだろうか。
星。人々にとって、どうしても耳を澄ませたくなる音を奏でる、天の宝石。
「それじゃあ、やっぱり君は『星憑き』になったんだね。それじゃあ、仕方がないね」
と、医者は聞き慣れない言葉を口にする。
「『星憑き』?」
シュメルヴィはそれこそ子供のように、再び鸚鵡返しする。そして、医者はやはりあの微笑みを浮かべたまま、教えてくれた。
「星に憑かれた者。他人を傷つける理不尽な存在。世界の秩序を乱し、災いをもたらす者のことだよ。このままだと、君はいずれ、騒ぎを起こして『街』を追い出されるだろうね」
淡々と。知っていることを伝えるだけの存在のように。
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