07.旅立ち

 次の日の朝だった。

 本来なら、今日も早番のはずだったシュメルヴィは、ピオニー一匹を連れて、街を出た。たくさんの人が街道を歩いているにもかかわらず、やはり『街』は静かで、そしてこれだけの人がいるにもかかわらず、皆、全く同じ笑みを浮かべている。

 まるで同じ仮面を被った人形が歩いているように思えた。その上、会話してもうまく話が伝わらなかったり、何を考えているのか、わからなかったりするのだから、昨日あんなに苛立っていた自分に、納得がいった。

 この『街』全体が、冷えていると、どこかで感じていた。そして、ひどく疲れていた。

 けれどもシュメルヴィは、街道を進んだ。目指すは外へと続く門。

 そうして『街』の外に出て、シュメルヴィはピオニーにまたがった。ピオニーはくるくると鳴く。

 ――続いて、シュメルヴィの後にいたレクサルも、連れてきたピオニーにまたがった。

「ごめん、レクサル。君も、仕事があるはずなのに……」

 シュメルヴィは、申し訳なさに顔を歪めて、隣に並んだレクサルを見た。レクサルはシュメルヴィを見つめ返して。

「ううん、僕は君の親友だから」

 けれどもその顔は、やはりあの冷たい笑みだった。

 それでもシュメルヴィは、安心を覚えていた――レクサルがついてきてくれるのだ。

 ――昨日、医者に世界に災いをもたらす『星憑き』だと言われて、シュメルヴィはすぐには理解できなかった。星に憑かれたから、世界に災いをもたらすなんて。まるで作り話のようだ。

 自分が世界に災いをもたらす? あまりにも、馬鹿げている。

 だからシュメルヴィは笑ってしまった。信じられなかった。その上医者は、目の前に「世界に災いをもたらす者」がいるにもかかわらず、全く戸惑った様子も見せないものだから、余計にからかっているのだと思えてしまった。

 ――だが、自分に何かが起きているのを、シュメルヴィは確かに感じていて。

 ――そして胸のもやもやも、渦巻いているのを感じていて。

 それでも医者は。

「『村』に行きなさい。そこで星を空に返せば、『星憑き』は治るから」

 そう、言った。まるで、風邪だから薬を出す、というように。

 少し大げさな気がして、シュメルヴィはその時医者を睨んでしまったが、医者は続けてこう言った。

「文献によると、君はいま、いろんなもやもやを感じて苦しいと思っているのだろう……でも、星を空に返せば、それはなくなるそうだ」

 ――もやもやが、なくなる。

 それでシュメルヴィは、『星憑き』を治すために『村』に行くことに決めたのだ。

 その後は、全ては医者が手配をしてくれた。家族や仕事場であるピオニー牧場への報告をしてくれた。それで家族がシュメルヴィの現状や旅立つことを理解し、また牧場も仕事ができなくなること、ピオニーの貸し出しを了承したのだった。

 そして、シュメルヴィの親友であるレクサルにも話が伝わり。

 『星憑き』だと言われた次の日……こうしてシュメルヴィは、レクサルと共に『村』に向かうことになったのだった。

 十五歳の夜を過ぎるまで、夜、『街』の外に出てはいけないものの、幸いにも、レクサルは一足先に、十五歳になっていたのだ。だから、一緒に旅に行くことになったのだ。

「……本当にありがとう、レクサル。それじゃあ、行こうか」

 ピオニーにまたがったシュメルヴィは手綱を手にした。そうしてピオニーを進め始める。

 本当に、嬉しかったのだ。レクサルが一緒に来てくれると言って。これは自分一人の問題だが、一人だったなら、どんなに心細かったことか。

 と。

「――変なシュメルヴィ。僕は、当たり前のことをしているのに」

 微笑んでいるのに、温度のない、レクサルの言葉。

 だが、その声は、先に進み始めていたシュメルヴィの耳には届かなかった。レクサルも手綱を握れば、ピオニーを走らせた。

 『街』が遠のいていく。『街』を囲むように立っている、背の高いいくつもの星見塔も、離れていくうちに、小さくなっていった。

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