04.子供っぽい

 シュメルヴィがそっとビエラを見れば、ビエラは未だに微笑んでいたものの、少しだけ驚いたかのように目を開いていた。

「……シュメルヴィ、何だか今日は、幼い子供みたい。私の弟にそっくり。喚いちゃって」

「幼い子供みたいって……」

 ――馬鹿にしているのだろうか。

 そう、シュメルヴィは思ってしまった。

 幼い子供――それは、手間のかかる、理不尽なもの。

 一体どこがそうなのだというのだろうか。こちらにはちゃんと苛立つ理由があるのに。

 決して、理不尽なんかでは、ない。確かに、必要以上に、声を上げてしまったかもしれないが、それでも。

「ビエラ」

 シュメルヴィは、床を擦り続けながら言った。

「謝って。どうしてそういうことを言うの? ひどいよ」

「――えっ? どうして? 私、悪いこと、何もしてないのに」

 ビエラは、きょとんともせずに反論した――けれどもこちらは、侮辱されたと思っているのだと、シュメルヴィは確かに感じていた。しかしビエラは立ち上がれば、

「私、事実を言っただけよ? 今日のあなたは本当に、何も教わっていない幼い子供みたい……」

 ――何も教わっていない幼い子供?

 ――つまり、何も知らない、と?

 ついにシュメルヴィは再び手を止めると、すっくと立った。そうしてビエラを睨み、どんとわざと音を立てて、ブラシで床を突いた。

 どうにも、抑えられなかった。

 だが、シュメルヴィがブラシで床を突いた、その直後だった。

「うわっ」

 ちょうど、ヴェスティフが、新しい水を満たしたバケツを手に、シュメルヴィのすぐ横を通っていたのだ。そして、シュメルヴィの突然の行動に驚いたヴェスティフは、バケツを手放してしまい――。

 ……冷たさが足を襲った。地面に落ちたバケツから、落下の衝撃に水が飛び散り、シュメルヴィの足を濡らした。ズボンに染みわたってくる水。靴にまでも染みわたってきて、急に身体が冷えてくる。

「ちょっと! 何してるの! ちゃんと持ってよ!」

 すぐさまシュメルヴィはヴェスティフに怒鳴った。それは、反射的に。何も考えずに。

 その怒鳴り声は、嫌なほどに小屋に響いた――シュメルヴィ自身も、嫌だと思うほどに。

 小屋の外にまで、響くような怒鳴り声だった。

「……」

 その声に、シュメルヴィはまた、我に返る。

 ――どうしてこんな大声を出したのだろうか。そんな必要、ないはずなのに。

 水がかかった、それだけではないか。

 ヴェスティフを見れば、ひどく驚いた。それからビエラを見れば、彼女も口だけ微笑んだまま、驚いていた。

 ……思えば、どうしてビエラを敵視していたのだろうか。ビエラは、事実を言っていただけなのに。悪意なんて、あるはずがないのに。

 ――何かがやっぱり、おかしい。

 まるで自分は、叫びたくて仕方がないようだった。叫んで、暴れたくて。

「……どうしたの? そんな大きな声を出して……ああ、でも、ごめんね。僕が悪いんだ。だって君に、水をかけちゃったんだもの。本当に、ごめんね」

 しばらくの沈黙の後、ヴェスティフは戸惑ったように謝った。

 その声は、震えていた。

 とっさにシュメルヴィも、謝り返した。

「あ、ああ……ごめん。いや、僕が悪いんだ。僕が……二人とも、ごめん……」

 ――間違いなく、自分の方が、悪いことをしたのだ。

 ビエラの言う通り、幼い子供のように理不尽にあれこれ思って。

 皆で協力し、一つになって暮らしていく。それが『街』というものなのに。

 ――今日の自分は、やっぱり、変だ。

 ――まるで人が違うみたいだ。

 ヴェスティフはそれ以上何も言わず、ビエラも無言のままで、二人とも、驚いたまま固まっていた。あたかも、あり得ないものが目の前にいる、といったように。

「……僕、着替えてくる」

 ひどく、居心地が悪かった。二人に申し訳なかった。

 シュメルヴィはブラシを投げ出せば、その場から逃げるように小屋から飛び出した。

「――本当に、子供みたいね」

 けれどもビエラのその声は、確かに聞こえていた。

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