第66話 宝石泥棒を捕まえて

 腹ごしらえを終え、俺たちの姿はとある宝飾店にあった。


 イーサンは臨海部に位置するということもあってか、国際色豊かな装飾具が集まってくる。そういうわけなので、この手の店は結構乱立気味であった。


「アルクス、見てください。このネックレス、すごく素敵じゃありませんか?」


 エレオノールが指さしたのは、中央に紫色の宝石があしらわれたネックレスだった。華やかな中にも上品さを感じさせるデザインである。


「確かに素敵ですね。エレオノール様にお似合いだと思います」

「本当ですか?」

「ええ。その紫の輝きが、エレオノール様の気品をさらに引き立ててくれるでしょう」


 少しからかうつもりでそう言ったが、彼女は真剣にそれを見つめ続けている。

 貴族らしく、こういうものにもやはり興味があるのだろう。

 ……まぁ興味のない人の方が少ないと思うが。


 熱心な様子に口の端を緩ませながら、ふと視線を動かしてみる。


 高級感漂う店内では、美しい宝石やアクセサリーが整然と並び、光を反射してまばゆい輝きを放っていた。


(そういえば、ゲームではこういう店で好感度を上昇させるアイテムを買えるんだったな)


『セレスティア・キングダム』では乙女ゲーらしく、攻略キャラへのプレゼントもできる。

 キャラの好みに合っていれば大幅に好感度を上昇できる一方、あまりに外れたものをあげると逆に好感度が減る仕様になっていたか。


 エンディング回収には不可欠な要素であるため、攻略サイトを片手に躍起になってイケメンたちに貢いでいた思い出が、朧げに思い出される。


(エレオノールにも、なんか買ってみるか)


 この店のショーケースは、ただの飾り物だけでなく魔道具としての役割を持つモノも並んでいる。

 軽く視線を流してみると『魔力増強!』『炎魔法搭載!!』などの売り出し文句が説明書きに書かれているのが見えた。


 ゲームでも装飾系のプレゼントの中には、戦闘用の装備としての役割を持つモノがあったのを覚えている。

 まぁ主人公と攻略キャラの素のスペックが強すぎて、ほぼほぼフレーバー程度にしかなっていなかったがな。戦闘要素も大々的だったわけはないし。


 しかしさりとて、この世界ならば有用なものが揃っていることだろう。


(ん……? あれは、)


 ふと、目に留まるものがあった。

 吸い寄せられるように、それに歩みを進めようとした──その折に。



「おい、お前待てッ、こらッ!!」



 優雅な店内に似つかわしくない、切迫した声が響いた。

 弾かれるように声の向かう先に視線を向けると、そこには小柄な男が宝飾品を握って去ろうとしているのが見える。


 どうやら、万引きのようだ。


 俺はエレオノールの方に視線を送った。

 彼女は困ったように眉尻を下げながら、こちらに微笑む。


 ……話が早く助かる。


 ケープを翻し、俺は店を飛び出た。



***



 街の喧騒の中、小柄な男の後ろ姿を見失わないように走る。足取りは軽いものの、訓練された俺の脚力を持ってすれば追いつくのは時間の問題だった。


「待ちなさい!」


 俺の呼びかけにも構わず、男はさらにスピードを上げる。だが、焦りからか、次第に動きが乱れてきた。


 やがて、男は路地裏の奥へと入り込む。

 暗がりの中、俺が一歩踏み込んだ瞬間──


「ヘッ、追ってきやがったな」


 声がした。路地裏の影から現れたのは、見るからに柄の悪い男たち。万引き犯の仲間らしき人物が四、五人、待ち構えている。


「お兄さん、出過ぎた真似はよくないぜ」

「そうだ、ここで引き返せば命拾いだぞ」


 ヤンキー的な男たちが、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら近寄ってくる。万引き犯は彼らの後ろに隠れるようにして、俺を挑発するような目で見ていた。


 ……なるほど、こういう構図か。


 この街は特段治安は悪くないが、それはそれとしてもクリーンな街というわけではない。

 ちょっと裏路地に入ってみれば、石の裏に潜むダンゴムシみたいに小悪党がひしめいている。

 コイツらもたぶんその類だろう。


「ここいらは俺たちのシマだからなァ。逆らったらどうなるかわかるよな?」


 そうは言うが、どう見ても盗賊団やギャングと呼べるほど大層なものではない。

 まだ若いようだし、大方、調子づいて悪行に走った馬鹿野郎どもだろう。


「宝飾品を返し、店に謝罪してください」


 俺は冷静に告げる。


「へっ、こいつ正義感丸出しだな!」

「いいぜ、ぶっ倒してやろうじゃねえか!」


 その瞬間、一人の男が声を上げて拳を振り上げ、俺に突っ込んできた。


 ……血の気の多いやつ。

 新調したばっかりで、あんまり汚したくはないんだがなぁ。


 俺は内心で盛大にため息を吐きながら、半歩、動いた。



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