第67話 雰囲気は大切に


 路地裏での小競り合いが終わった後、俺は取り返した宝飾品を持って店に戻った。


 あれだけ意気揚々と喧嘩を売ってきた万引き犯とその仲間たちだったが、少しばかり痛い目を見せるとすぐに大人しくなった。

 街の警備隊に引き渡したことで、これ以上面倒なことにはならないだろう。

 

 さてそういうわけで、一見落着……ということなのだが。


「誠にありがとうございましたァッ!!」 


 手羽先くらい直角なお辞儀を見せられて、俺、困惑。

 俺は何故か店長から盛大に謝辞を述べられているのだった。


「大したことではありません。それよりも、盗まれた品はこちらで間違いないですね?」


 俺は手にした宝飾品を店長に差し出した。

 金と翡翠で縁取られたペンダントは、さすが高級店らしい細工が施されている。

 これほどの品を雑に扱うわけにもいかないので、慎重に渡した。


「ああ、間違いありません! 本当に助かりました……これほどの善意に報いる手段が、我が店にあるかどうか……」


 店長は深々と頭を下げる。

 そこまで恐縮されると、むしろこちらが居心地が悪くなる。


「いえ、私としても当然のことをしたまでですので。そんなお気になさらず……」

「いえいえ! お客様の勇敢な行動に私はどうにか感謝をお伝えしたい! もしよろしければ、店内の商品を特別価格でお求めいただけるよう手配させていただきますっ」


 と、特別価格!?

 そんなことがあっていいんですか!?

 

 思わず目を丸めてしまう。

 普段なら断るところなのだが……しかし今は、悪い話ではないのかもしれない。

 それに好意を無下にするというのもまた失礼だろう。


「……そうですか。それでは、お言葉に甘えましょうか」

 

 観念する様に肩を竦める。

 俺は後ろ手に手を組むエレオノールに一瞥を送った後、先ほど目をつけていたモノの前に歩みを進めた。


 そこには、シンプルながら造り込まれていると窺える意匠のがあった。


「【ミセスの夜明け】ですね。これに目をつけるとはお目が高い!」


 店長が大層にそう言うが、俺がこれに注目したのは他でもなく、ゲームの知識によってである。

 

【ミセスの夜明け】なるこの指輪は、『セレスティア・キングダム』におけるプレゼントアイテム兼、戦闘時の装備だ。

 魔法発動時の消費魔力を減少させると共に、装備者の受けるダメージをややカットするという効果なのだが……しかしそれはこのネックレスの本質ではない。


 この店だけでも、見渡してみると結構作中で登場したモノが見当たったりする。


 その中でなぜこの【ミセスの夜明け】に目を付けたのかと言えば、それはひとえに、このアイテムに隠れた追加効果が付与されているからである。


「では、これを譲っていただけますか?」

「ええもちろんですとも!! お値段ですが──」


 まぁ宝飾品だけあって特別価格だとしても、そこそこ値を張る。

 しかしもっと値段を下げろともやっぱりいいですとも言えないので、俺はお財布を寂しくさせることにするのだった。



***


「フフ、お手柄でしたね、アルクス」

「当然の事をしたまでですよ。褒めていただくほどでもありません」


 深々とお辞儀する店長らを後に店をでると、ニコニコとしながらエレオノールが上目遣いをしてきた。

 そこにはどこか期待感……というべきか、ワクワクするような感情を滲ませている。


 これはもう、バレてるのかもしらんな……。

 せっかくならサプライズ的に渡したかったところだが、これもまた仕方ないか。


「……実はエレオノール様に──」


 そう言いかけたところで、ずいっと彼女の顔が目の前に迫る。

 思わずギュっと口をつぐむと、エレオノールは笑みを崩さないままに言った。


「先ほど店員さんから、すごく景色が良くて、すっごくロマンチックな場所があると聞いたんですっ! ぜひ行ってみませんか?」


 キラキラと目を輝かせるお嬢様。

 俺はふっと思わず笑みをこぼした。


 どうやら彼女はシチュエーションも大切にしたいようだ。


「……では、そうしましょうか」


 斜日、オレンジ色の光を浴びながら、俺たちはな場所に向かうことにした。

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闇堕ちラスボス令嬢の幼馴染に転生した。俺が死んだらバッドエンド確定なので最強になったけど、もう闇堕ち【ヤンデレ化】してませんか? オーミヤビ @O-miyabi

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