第65話 御令嬢が虜になるは

 服を新調したこともあり、俺とエレオノールは再び街を散策していた。大通りには屋台がずらりと並び、どこも活気に満ちている。

 そんな中、一際目立つ香ばしい匂いに引き寄せられ、俺たちは串焼き肉の屋台に並んでいた。


「あいよ、串焼き肉2本だ!」

「ありがとうございます」


 豪快な笑顔を見せる屋台のおじさんに代金を渡し、俺は肉汁が滴るほどにジューシーな串焼きを受け取った。


 一口噛めば間違いなく幸せになると確信できる見た目と匂い。

 これは確かに、長い列を待つ価値がありそうだ。


「すっごく良い匂いですっ」

「熱いので気を付けてくださいね」


 目をキラキラとさせるエレオノールに片方を手渡す。

 分厚いサーロインステーキが毎日食べられるような家の彼女だが、こういったささやかな庶民的な食事は口にする機会はそうない。

 

 それゆえに興味津々な様子を見せているのだろう。


 エレオノールは慎重に串を両手で持ち、一口かじった。


「……! おいしい!」


 口いっぱいに肉を頬張りながら、彼女の目がさらに輝く。

 これほどまで喜ばれると、買った甲斐があるというものだ。


 肉汁が溢れ出すたび、彼女の口元には少しだけ幸せそうな微笑みが浮かんでいた。

 そこまで旨いのかと、俺も自分の分にかぶりつく。

 肉汁の濃厚な旨味と甘辛いタレの絶妙なバランスが口の中で広がる。


 ……うむ、屋台グルメの醍醐味はこういう一口目に凝縮されているのだろう。

 

「こんなにおいしいものがあったなんて、知りませんでした……!」

「でしょ?  それに屋台の雰囲気もいいですよね」


 視線を屋台の方へと向けると、店主のおじさんとお客さんたちが交流している様子が見える。

 他の露店なんかに目を向けてみても、人々の笑い声や値切りなんかで交渉する活気ある声が絶えない。


 こういうローカルな雰囲気というのも、悪くないなと思う。

 帰ったらお義父さんアデルベーターに露店街でも作らないかと提言してみようかな。


「……もうなくなってしまいました」


 隣に視線を戻すと、そこには裸になった串を持って切なそうな顔をするエレオノールがあった。


「もう食べ終わったんですか?」

「はい、とても美味しかったですから……」


 彼女のトーンにはわずかな名残惜しさが感じられる。


 あれほど肉厚な串だったのに、いつの間にか完食しているとは驚きだ。相当気に入ったのだろう。普段、高級料理に慣れている彼女がこんな庶民的な味に魅了される姿は、少し微笑ましいものがある。

「そんなに気に入ったのでしたら、僕の分も食べますか?」

「えっ──」 


 俺は自分の持っている串を彼女の方に傾けた。

 せっかくそんなに喜んでくれたのなら、それもやぶさかではない。

 

 だがエレオノールはすぐには回答を示さず、ポカンとした表情でこちらを見ていた。

 その変化に俺は一瞬、なぜ彼女がそんな反応をしたのか分からなかったが、すぐにこの串が食べかけであることに気づく。


 ……あ、そっか。


 流石に食べかけは嫌か。

 まだ一口、二口程度しか食べてはいないものの、串の部分が口内に触れたりはするので、物理的にも精神的にも衛生面で抵抗があるのかもしれない。


「すいません。やっぱり食べかけでは──」


 そう、言いかけて手を引こうとした、その時。


 エレオノールの手が俺の手首を掴み、そのまま勢いよく俺の串にかぶりついた。


「!」


 予想外な行動に俺は言葉を失う。

 エレオノールはまるで何事もなかったかのように肉を嚙み切り、満足げに目を細めた。


「フフ、ありがとうございます。やっぱり……ですね」


 そう言う彼女の表情は、わずかながらに朱色で染まっている。


 唐突にこんなことをするものだからビックリしてしまったので、一瞬その仕草にどのような意味があるのかわからなかったが……。


 たぶん、食い意地を張ってしまったように思えて恥ずかしかったのかもしれない、と要領を得る。


 だがそんなことを恥じる必要はないだろう。

 彼女も成長期の年齢だし、むしろ食べてくれた方が安心である。


 まったく。

 気にせずいっぱい食べなさい、お兄さんがなんでも買ってあげるんだから。 

 

 俺は後方腕組父親面で、エレオノールを微笑ましく見つめた。

 彼女もまたニコニコと笑みを浮かべながら、俺から受け取った空の串を大事そうにしまった。

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